裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル

 あのレイ・ブラッドベリの短編集からタイトルを借りた「ウは宇宙ヤバイのウ 〜セカイが滅ぶ5秒前〜」でSFの関心を示し、SF作家としての可能性も感じさせ、そして「神々の歩法」で第6回創元SF短編賞を受賞して、SF方面での存在感をぐっと高めた宮澤伊織が、SF出版の牙城ともいえる早川書房から出ている、SF雑誌の金看板ともいえる「SFマガジン」に発表していた短編は、当然にど直球のSFなのかというと、そうとも言えて、そうでないとも言えそうな奇妙なテイストを持ったものだった。

 一種のシリーズとして3作に渡って発表されたそれらの短編に、書き下ろしの1編を加えて刊行された「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」(ハヤカワ文庫JA、780円)を読んで、科学への探究心を刺激されるサイエンスなフィクションとも、人類の存在を思弁させるスペキュレイティブなフィクションとも言えて、けれどもホラーであり伝奇でもあると言えそうな感じを得る人も少なくなさそうだ。

 何しろテーマは都市伝説。それもネット発のネットロアと呼ばれるもので、見た目において科学や技術といったものは絡んでいない。ただ、ネットというツールを得て、人の感情や知識などが恐怖心も含めて大量に集積されるようになった現代、そうした情報の集合が世界に作用し、人を動かすようになっていたとしても不思議は無い。あるいは、生活の中で感じた恐怖や歓喜を妖怪なり神意として感じ取った人間が、ネット社会の中で感じた恐怖をネットロアとして感じ取り、怯えたり讃えたりする、そんな様を描いた作品と言えるのかもしれない。

 そうした前置きはともかくとして、読み終えて思うのが、なんて面倒くさい女子たちなんだといったこと。女子たちというからには2人いて、まずは紙越空魚の方だけれど、過去に結構厄介ごとがあったようで、今は埼玉にある大学に通っているものの学費を奨学金ではらえるくらいにカツカツで、卒業しても返済に追われるといった嫌気を早くも抱いている。それで現実から逃避したいという思いでもあったのか、ネットを漁って出てきた都市伝説、つまりはネットロアから裏側の世界へと行く通路を見つけて入り込み、やった来られた喜んだもののそこは予想を超えて怖くて危険な場所だった。

 くねくねと動く妙な白い人っぽいものがいて、見ているだけで心を持って行かれるような気になってしまう。もうヤバくて倒れそうになっていたところに、なぜかひとりで入り込んでいた美少女と出会って、2人でどうにかこうにかその「くねくね」を退治すると奇妙な物体が残った。もしかしてドロップアイテムの類か。そんなファンタジーRPGのような世界観ではなく、もっと奇妙なものだったようだけれど、空魚はその少女、仁科鳥子と出会ってドロップアイテムを回収し、金に換えて儲かったことも心に引っかかって、そのまま2人で裏側の世界へと足を運ぶようになる。

 聞くと前は冴月という少女といっしょに入っていた鳥子だったけれど、冴月がいなくなってしまってその後を行方を探しに裏側の世界へと来ていたらしい。そう聞けばどこが面倒なのか、純粋な女子じゃないかって話になるけれど、落ちていたのを拾ったといって銃器などを平気でぶっ放すし、空魚を強引に誘って仲間にする割には冴月のことばかりを言って、空魚の友だちが出来たといった喜びの気分に竿を差す。2人で打ち上げをしてのんびりとしているようで、早く行かないと冴月が死んでしまうかもしれないと飛びこんでいくこともあってと、どこかズレた性格に空魚は振り回される。

 だったら空魚が冷静かというと、自分が蔑ろにされた気分が災いして、裏側の世界で魔物のようなものに魅入られて誘われてしまう。「八尺様」という巨大で人間の弱い心に作用する怪異をどうにか退けたり、鳥子がパートナーにしていた冴月の知り合いだったらしい、まだ若い認知学者の小桜の所へと行って謎を探ったりしながら過ぎていった日常の中。鳥子と空魚は沖縄にいた米軍が訓練中に迷い込んでしまったらしい場所に行き当たって、プロの軍隊ですら壊滅へと追いやる怪物の攻撃を逃げ出したりもする、そんな果て。空魚と喧嘩した鳥子がひとりで向かった裏側の世界へ、空魚は小桜も引き連れる形で入り込んではその行方を追っていく。

 よくあるカッパやキツネやいったんもめんやぬりかべやぬらりひょんといった妖怪変化の類とは違って、「くねくね」であり「八尺様」であり「きさらぎ駅」であり「時空のおっさん」といった、ネットで噂になっている怪異が現れ迫ってくるだけあって、昔話などで得た常識や知識では太刀打ちできない怖さといったものが漂い出す。慣れていないとでも言い換えられようか。クトゥルーの邪神ですら、ある程度は過去の類例の上で対応できそうな気がするけれど、裏世界に現れるネットロアが元になった怪異には、どうやって対抗したら良いのかが分からない。

 ふと気がつくとさっきまで普通にいた街中から裏側の世界へと引きずり込まれたりもしていて、誰がどうやって空魚たちを迷わせているかも気になる。それとも自分自身が迷い込ませているのか。そこが分からないところが怖いけれど、それでも自分といったものから発露する恐怖心が、ネットという場を漂った挙げ句に溜まって生まれたネットロアというものを、逆に考えそこには人間から発露した恐怖心があるんだと考えることで、払拭する方法を見つけて対抗できそうな気もしてくる。人間の心理との戦い。そこにSF的なニュアンスもあると言えるかもしれない。

 空魚と鳥子は、そして小桜もいれた3人はいったい裏側の世界をこれからどうやって攻略していくのか。オープンエンドで終わったようなところもあるだけに、続きがあれば読んでみたい。


積ん読パラダイスへ戻る