鳥玄坊 根源の謎

 日本に独特だった八百万の神を奉る感性を、戦後の自由主義的教育がスポイルしてしまったことを、外国による日本封じ込めだと見る発想は、まだ分かりやすく可愛げがある。けれども世界中の指導者層が束になって1人の男の下に世界を何者かの魔手から守ろうとしているという発想は、流石にこの人じゃないと出てこない。

 明石散人。「京極堂」が師と仰ぐ「築地の先生」の、持ち味であり魅力とも言える奇想が炸裂して爆裂し、最後は時空すら超えてビッグバンへと至った講談社ノベルズより刊行の「鳥玄坊」シリーズが、どういう訳か漫画になってソニー・マガジンズから登場した。

 その名も「鳥玄坊 根源の謎」(原作・明石散人、作画・うちやましゅうぞう、630円)は、総動員された知識の奔流と天外な奇想によってどこに引っ張っていかれるのか分からない展開に、時に圧倒され時に悩み時に迷った原作に比べると、いたってシンプルに世界を陥れようとする徐福の謀略や世界各地から発見される謎の遺跡、南極の地下より現れた全長1キロにも及ぼうかとする巨大な竜「ウルトラモササウルス」とのバトルまでが描かれていて目が冴える。

 作画のうちやましゅうぞうについての知識に乏しく、とりあえ感じたことを言えば、真正面からの顔の描き方は大友克洋に始まる線種の流れにありそうな気がする。あと、日本の土俗的なアイティムを放り込んだ画面の雰囲気に線種は違うけど飯田耕一郎さんなんかも思い出した。鳥玄坊の妹で内閣調査室に勤務している一条路マキが、最初はちょっぴりツンケンしたキャリア風に描かれていながら、富士山の下の洞穴へと降りていくあたりから、元気な女子大生のようにアクティブになっていて、てそれはそれで嬉しい。ロープにぶらさがって愚痴る描写はなかなかにそそる。

 もっとも絵柄はともかく、内容はまさしく明石散人が「鳥玄坊」シリーズで描き出した、人類の歴史を超え時空すらも超えて戦う存在の壮大なスケール、遠大な時間を秘めた物語だ。始皇帝陵で出逢った謎めいた人物・徐福との果てしなく続く抗争や、ヤマタノオロチのモデルになったと思われる巨大な竜との人類の存亡をかけた戦いの場面、そしていかなる事態になろうとも、世界中に張り巡らせた情報と人的なネットワークを駆使して当たる鳥玄坊の造形に惹かれる人も多いだろう。

 講談社ノベルズでは「ゼロから零へ」で決着を迎えたシリーズだが、漫画版では1巻の終わりではまだ何にも解決していない。小気味よいアクションと魅力的なキャラクターで楽しませつつ、原作の哲学的なテーマや壮大なスケールを損なうことなく、むしろ純化させた形で見せて魅せてくれた萩尾望都版「百億の昼と千億の夜」に、果たして続けるかにも興味が及ぶ。今はとにかく続きを待とう。

 「中禅寺秋彦=京極夏彦」であり、また「犀川蒼平=森博嗣」とも考えたいのがファン心理というもので、「鳥玄坊=明石散人」だろうと考える人がいても不思議ではない。なるほど漫画版でもオフィスは中央区あたりにある、明石散人が根城として有名無名を問わない人々が出入りする古いビルが、実にそのままのイメージで取り込まれていて、正体を確かめたい人にとっては大いなるヒントを投げている。

 けれども、扉を明けたオフィスの様子は「鳥玄坊」ではパソコンが並ぶ近代風、でもって登場する鳥玄坊先生もロマンスグレーの髪をバックになでつけ眼にはモノクルをかけたジェントルマンになっていて、もしかすると明石先生もこんなにダンディなのかなと漫画を読んでファンになる女性を惑わしそうな懸念が浮かんで仕方がない。

 現実の明石散人のオフィスは、しばらく前に出た「IN・POCKET」にも紹介されていたように、史料の類がギッシリと並び、アンティークな家具が無造作に置いてあり、アヤシゲな護符の類も並んでる、ハイテクとは対照的な部屋で、行ってがっかりするか人がいるかもしれない。容姿については、人の趣味に立ち入る甲斐性など持ち合わせていない身として、ここは「謎」のままにしておこう。


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