チェンライ・エクスプレス

 繋がり合っていく彼らと彼女たちの、それぞれの生き様が重なり合って織り上げられた、1枚の大きなタペストリー。そこに浮かび上がるのは、欲望に走り、願望にすがり、絶望にのたうち回りながらも、諦めないで抱き続けた希望がかない、輝く歓喜の絵物語だ。

 百波秋丸の「チェンライ・エクスプレス」(電撃文庫、590円)という小説。ちぎれた少年の腕が、意識を失っている少女の手に握られ、腕を失った少年が、息も絶え絶えな女性に抱かれた凄絶な光景を冒頭に見せてから、ストーリーは、チェンライというアジアのどこかにある常夏の国へと移る。

 そのチェンライにあるクラブで、レコードを回しているDJのケイが、ジンノという若輩に見えて、実はチェンライの繁華街に幾つも店を持つという、饒舌で軽薄で不気味な男から、誰かにとられてなくしてしまった“カマ”の所在を聞き出す場面へと移って、本編の幕を開ける。

 正体は死神というケイにとって、カマは仕事に絶対不可欠の大切な道具。ジンノの情報をもとに勇んで取り戻しにいったものの、持っているらしい男には逃げられ、ケイはトウアという少年が、お菓子を積んで移動するトゥクトゥクに突っ込み、無様な姿をさらす。

 そんなトウアは怒りもせず、かといって哀しみもしないで淡々と事態を受け止める。どうも感情の起伏に乏しいらしい。というよりそもそも感情が存在していない? 彼とは同じ学校に通っていて、実は魔女というマナが作った、惚れ薬が入った弁当を食べても、トウアはマナに対して恋情を類をまるで示さない。

 それどころか美味しいとも不味いともいわず、表情すら変えないまま「ふつうだ」言うだけのトウアに、それでもマナはある理由から、変わらず好意を抱き続けて、デートに誘い弁当を食べさせ、性懲りもなく惚れ薬を飲ませようとする。

 占い師にだって相談する。マーメイドというキャバクラでナンバーワンの実績を持ちながら、訳あってジンノに命じられるまま、占い師のようなまねごとをさせられたリ・リ・メイという女性の思いっきり適当な占いにのせられて、より強力な惚れ薬を作り出そうとしたり、今までとは違った方法でトウアの心を得ようとする。もっとも、すぐには気持を振り向かせられず、落ち込んでいたところに、傷ついても絶対に死なないアンデッドのイアンという男に見とがめられ、さらわれ命の危険に晒される。

 一方、リ・リ・メイの店には、カマを探しているケイも引きずり込まれ、適当な呪文とともに告げられた先で、カジノで大暴れをして逃げている狼男のジェリコと出会い、イアンに脅されているマナにも行き会う。そこでは、イアンを主人と慕い追い求めていた、美人モデルの未菲とも出会って、そこでようやく探していたカマを取り戻して、死神としての力をふるう。

 未菲を被写体にしていたカメラマンで、正体は呪いがかけられいくら血を吸っても誰も下僕に出来ない不完全な吸血鬼というシウも絡んで、繰り広げられたクライマックスの大騒動。大勢の間を行き交っていた「神の目」と呼ばれる玉と、そしてチープな台座に取り付けられた赤い宝石が鍵となって、トウアが理屈ではく肉体のどこかから甦らせた願いをかなえ、そして、マナが心の奥底から求めていた願いをかなえて、物語はひとつの幕を閉じる。

 大勢のキャラクターたちによる、愛し合ったり憎しみ合ったりする感情と、金を奪おうとしたり奪い返そうとしたりする行動が、繋がり重なって紡がれていく物語。読み始めれば時に引っ張られ、時に押し出されるようにして次の場面へと連れて行かれ、そしてさらに次へ次へと連れ回される。

 リ・リ・メイの占い家業のように、意外なところから投げられた球が、しっかりと物語の進行に意味を持ち、なおかつそこで唱えられた妙な呪文までもが、彼女をジンノに縛りつける要素としての役割を持つ。その上で、少女と少年のラブストーリーという軸をしっかりと見せて締める巧みな展開と構成は、今や電撃文庫の看板となった成田良悟のデビュー作「バッカーノ!」(電撃文庫)にも通じる面白さ。それだけの才能の持ち主と、百波秋丸を認めて間違いない。

 チェンライにうごめく人間たちや人外たちを、実はひっそりと操るように、目指す場所へと導き求めることを成し遂げさせたジンノという男の正体が、目下最も気になるところ。パスタに1本まるごとかけるだけでなく、そのまま1本、時には3本もパルメザンチーズを一気に食べる悪食といい、真っ当な人間であるはずがない。というよりそもそも人間か?

 もっとも、死神に吸血鬼に人造人間に魔女に狼男に人魚にアンデッドといった、人外が闊歩しているチェンライだけに、ジンノのような存在もそれほど驚くことではないのかもしれない。さらに新たな人外も加わって繰り広げられる次の物語があったとしたら、それはどんな喧騒に満ちて、そしてどれだけの面白さを味わわせ、なおかつどれくらいの感動をもたらしてくれるのか。期待して待とう、この先を。


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