ツルネ −風舞高校弓道部−

 吹奏楽部に所属する部員たちの楽器を演奏する手つきを完璧に描いて喝采を浴びた京都アニメーションがもし、綾野ことこの「ツルネ −風舞高校弓道部−」(KAエスマ文庫、648円)をアニメーション化したら、いったいどれだけのリアリティを持った弓道のシーンが描かれることになるのだろう。

 何しろ口絵からしてキャラクターのキャッチーな絵柄ではなく、もちろん美少女なんて1人も描かれておらず、和装で袴姿の弓道部員のそれも男子部員による射法八節の図解が描かれている。それを見て分かる人がいったいどれだけいるんだろう。なおかつ物語も射法の解説があり、弓道の心得みたいなものが延々と描かれ、早気なんて知らない人にはまるで知らない弓道上の病気にも似た状態の説明があって、やっぱりどれだけの人が“分かる”のだろうかと思えてくる。

 そもそも、タイトルになっている「ツルネ」からして絃音、すなわち和弓を引いて鳴る音のことだという。それの違いなんかが弓を引く人の心理状態やら技術と絡んで違ってくる。それが分かる人には分かるというから凄まじい。もしもアニメーション化されたとして、いったいそんな音をどうやって再現するのか。まるで検討もつかかない。

 とはいえ、「響け!ユーフォニアム」で高校の吹奏楽部がまるでダメだった音を大学の吹奏楽団によって再現させ、そして最高の演奏も行わせた京都アニメーションだけに、弓道についてもプロ中のプロを引っ張ってきて、そこもしっかり描いて来そう。もちろんアニメーション化が決まった訳ではないけけれど、京都アニメーションが原作になりそうな小説を募る第7回京都アニメーション大賞の審査員特別賞を受賞した作品だけに、期待して悪いものではない。そう思いたい。

 偶然に立ち寄った神社で、まだ子供だった頃に見た弓道に惹かれ、自分でも始めて中学のころには腕前も上げて、強豪校だった学校でもエース級になっていた鳴宮湊だったけれど、母親が交通事故で亡くなくなったり、他にもいろいろあったりして中学の最後の試合で敗北。早気という自分の思いを超えて早く射ってしまう状態になってしまう。

 もう弓は引けないと思い、逃げるように強豪校だった中学を卒業して上に進まず、地元の風舞高校へと入学した湊。ところが、そこで幼なじみの静弥と遼平から、高校に出来たばかりの弓道部に入るように誘われ、自分はもう出来ないからと言って逃げるように帰った先。迷い込んだ森にあった弓道場で、湊は1日100射を続ける滝川雅貴という青年と出会う。

 高校では頑なに誘いを理ながらも、雅貴の佇まいに惹かれ弓道場に通って交流を続ける中で、湊はどうにか早気を克服し、また仲間と共に弓を射ることに意味も見いだして高校の弓道部へ入部する。そこでも海斗という同じ1年生に絡まれたりもして、なかなかかみ合わなかったけれど、海斗とは従兄弟らしい七緒という少年も含めた5人で、県大会の団体戦を目指すことになる。

 それぞれに個性があり、特長もある5人のメンバーが、ぶつかり合いながらも理解も深め、補い合いつつそれぞれが抱える問題も克服していくことで、無名だった学校がそれなりの強さを見せるようになっていく展開は、スポーツの部活ものではある種の定番。もっとも、走り込みや合宿といった猛練習ではなく、弓道に必要な所作を意識し、射る形を整えていくことで、的中するようになってく展開は、スポーツものとは少し異なる。

 同じ武道でも、相手がいて技や力を競い合う剣道や柔道とも違った雰囲気。的中の数を競い合っても、そこに至るまでには誰かではなく自分自身を相手にし、戦うというより見つめ直し、押さえ込みつつ引っ張り出すといった段取りが重要なのだといったことを分からせてくれる。ただ弓を引き、的にめがけて矢を放って当たれば勝ち。そんな単純なものではないのだろう。

 一読して、弓道のすべてが理解できる訳ではないけれど、それは野球について描かれた漫画や小説でも同じこと。自分の体感としては分からなくても、プレーにあたっての肉体的な鍛錬や、思索の過程の描写に触れることで、野球というものの奥深さが何となく分かってくる。「ツルネ −風舞高校弓道部−」を読んだ上で弓道の現場を見て、戻って読み直すことでより深い理解に近づくいていく。そんな入り口になる小説だ。

 弓道についてよく分かっている人ならなおのこと、詳細まで描かれた所作であり、弓道に臨む射手の心理についての描写に、おれはあると思えてくるだろう。ちょっとしたアドバイスが、問題点の克服に繋がるような描写など、経験者はポンと拳を打ち鳴らしたくなるかもしれない。

 湊にとってライバルとなる射手が登場し、完璧なまでの弓使いを見せる彼と、その彼が所属する強豪の高校との対戦が、物語でのクライマックスにあたる部分。スポーツものでもよくある、新設校なり弱小校が努力とそして眠っていた才能、さらにはチームワークで強豪校を相手に勝利を重ねていく“下克上”のドラマが味わえる。

 そのシーン、アニメーションになったら音も小さく、動きも決して大きくは無いけれど、緊迫感のある画面になりそう。そこに響く絶好の弦音。いったいどんな音になるのだろうか。

 風祭高校にもある、3人だけの女子チームの描写が少なくイラストの1枚もないのが残念なところ。お嬢様然とした白菊に、割と普通の花沢、そして男子より格好いいらしい瀬尾がいったいどんなビジュアルなのかを見るために、アニメーション化を希望したい。その男子に負けない活躍もあれば、続きの物語も含めて是非に。


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