倒錯クロスファイト

 彼女によってはかれていた、という事実が過去にあるだけで、パンツはパンツとしての価値を持つ。そして永遠に持ち続ける。

 集めて並べ、手に取り香りを堪能する。形をながめ、丸く柔らかくて繊細な場所を優しく包み込むために編み出された構造を楽しむ。引き延ばしては元通りになる柔軟性を確認し、心に劣情の炎を燃やして、興奮の時間を心ゆくまで味わい尽くす。そうすることが、今日を生き抜き、明日を生き残る力の源になる。

 もちろん、実際にはかれている様を眺めることも、行為として十分に成立し得る。そうした行為に劣情を燃やす人間は、着物の裾から緋色の腰巻きが覗く様を、愛でる心が尊ばれた過去から存在していた。ただ、それは集め嗅ぎ触る行為とは、また違った別のフェティシズム。パンツがパンツとして単独で存在し得る事実を、なんら脅かすものではない。

 黒ストッキングはどうなのだろうか。黒いストッキングが単品として手元にあったところで、そこに、何か力を呼び覚ますような情動の源は存在するのか。黒いストッキングが存在していてしかるべき場所。黒いストッキングがもっとも輝く場所。それを想像すれば、おのずと黒ストッキングを力に変えるシチュエーションというものも、思い浮かぶはずだろう。

 パンツに黒ストッキング。あるいはニーソックス。さらにブルマ。同じ身にまとう繊維製品であっても、それらの間には、存在してしかるべき場に差異がある。だから、メガミ文庫から刊行された内田俊の小説「倒錯クロスファイト」(学習研究社、620円)において、黒ストッキングの戦士となった少年が、すべきことが何かは最初から分かっていた。完璧なまでに明白だった。

 けれども、それに気づけなかった少年は、繊維どうしが至高を争うと始めた戦いの最中、現れたナイロンの精霊から黒ストッキングの戦士に任命されても、最初はうまく戦えないまま、ニーソックスの戦士に苦戦する。敵は長いソックスに様々なものを詰めて振り回してくる。ブラックジャックならぬホワイトジャック。当たればのたうち回る痛さにひるんで、少年は敗北を喫しようとしていた、その時。

 現れたの、がスパッツをはいたひとりの美少女。動きにフィットし、なおかつ他人に見せても安心という心理から、スパッツを愛用する少女の思いが精霊に伝わり、彼女をスパッツの戦士へと任じさせた。身につければ力も幾億倍。激しいキックを放ってニーソックスの戦士を撃退し、そして黒ストッキングの戦士となった少年を、とある目的のために仲間へと引き入れる。

 その目的とは、見るもおぞましく、口にするのもはばかられると女性なら思う、ショーツ仮面の打倒。歴史も重みも、スパッツや黒ストッキングなど及ばないフェティシズムのパワーで、ショーツ仮面はほかの繊維の戦士達を圧倒し、因縁がありそうな少女を迷わせ嘆かせていた。おまけに少年は、なかなか黒ストッキングへのフェティシズムを力に変えられないでいた。被ってもはいても湧かない力に、少年は惑い悩んでいた。

 だがしかし。そこに大きな勘違いがあったことは、先にいったとおり。黒ストッキングがもっとも輝くシチュエーション。それが、少年にもっとも力を与えるシチュエーション。そうだったのだ。まるめえ黒い塊となっただけのストッキングに意味などない。毛臑だらけのわが脚を通した黒ストッキングに魅力はない。

 そこに入るべきもの。それが形作るもの。考えればたどり着く。そして力が爆発する。パンティー仮面の野望は潰え、少年と少女は繊維の精霊の戦いで大きく勝利へと近づく。

 黒いストッキングがあるべき場所は、そこしかなかった。それに気づいた少年は勝利した。ニーソックスの戦士が敗れ去ったのは、ニーソックスが輝くシチュエーションを、ニーソックスの戦士が作り出せなかったからだ。絶対領域なきニーソックスにどんな意味があるのか。中に物を詰めたニーソックスなど、ただの袋でしかない。

 ファッションといえども万能ではない。あるべき場所にあってこそ、フェティシズムを喚起して強い力を放つのだと、「倒錯クロスファイト」の物語は教えてくれる。決して切り離せない、表裏一体となったファッションとフェティシズムの関係を、楽しい物語の中に深く思考させてくれる。あらゆるファッション研究者は表紙に惑わされず、展開に呆れず読むべきだ。読めばそこから、絶対に新たな発見がもたらされるはずだ。

 問題があるとすれば、ショーツとパンティーの違いが常人にはなかなか理解が及ばない、といったところか。どちらもパンツとして男子の興味を誘い、リビドーを高める繊維製品。けれども、言葉としてあるこの差に、何らかの実態としての差があるのか。力の差が存在するのか。研究しがいのある主題だが、サンプルなくしては研究も進まない。どうするか。どうすればいいのか。悩ましい。本当にほんとうに悩ましい。


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