東京侵域:クローズドエデン
01. Enemy of mankind[上]

 自分だという意識があるのなら、それは自分自身なのだろう。記憶が続いているのなら、それは同じ人間なのだろう。ただ、本当にそうなのかと問われて、そうだと秋月蓮次は答えられるのか。人間にはない異能を持ってしまったその身を、それでも人間だと言い張り、前と変わらないといって世間をねじふせられるのか。

 「サイハテの救世主」で、天才の意図がねじまげられてもたらされ、歪められていった世界に、元天才が挑もうとして足掻いた物語を描いた岩井恭平が、それに劣らないSF的なビジョンと、アクションを持った送り出してきた。「東京侵域:クローズドエデン 01. Enemy of Mankind[上]」(角川スニーカー文庫、680円)だ。

 ある日突然、霧のような紫色の霞みが漂ってきて、それに巻き込まれた数百万人もの東京都心部に滞在していた人間たちが消滅してしまった。さらに怪物が跋扈するようになって、都心部は崩壊の一途を辿っていく。

 救出には行けないのか。奪還には赴けないのか。それができなかった。すぐそこにある場所なのに、普通に入ろうとしても入れない。ただ、ゲートのようなものが存在して、そこからは侵入可能なようで、政府は“救務庁”という専門組織を立ち上げ、エリア内に人を送りこんでは怪物を掃討し、行方不明になった人たちを探し奪還しようとしている。

 その一方で、失った近親者を自分の手で取り戻したいという、個人の思いを貫こうと行動する者たちがいた。“侵入者(レイダー)”と名付けられた彼ら彼女たちは、政府によって管理されていないゲートを見つけだし、同じような思いを抱いた人たちをスポンサーにして、武器などをそろえ体を鍛えては都心部へと潜入し、そこで怪物と政府を相手にした三つ巴の戦いを演じている。

 正義と悪との単純な対立にしないで、表の正義と裏の正義が反発し合いながら強敵に向かう展開は、どこに向かうのか分からない予定調和を外した展開を期待させる。なおかつ誰が何のためにそんな不思議な現象を起こしたのかが分からないところが、この先の展開を楽しみにさせる。

 物語の主人公は、東京を大変貌が襲ったちょうどそのとき、境目に居合わせて、年上の幼なじみの少女を奪われ、自身も半身を失いながらも何かによって補充され生きながらえた秋月蓮次という少年だ。彼は表の世界ではKANATAというアイドルヴァイオリニストとして活躍する弓家叶方という名の少女をポートナーにして、2人で都心部への潜入を繰り返している。

 叶方は蓮次のように半身を失って、何かに補充されたということはない。だから蓮次のような異能の力は持っていない。ただの人間。けれども彼女は、大変貌した東京に居合わせて、霧のむこうに奪われた弟を奪還するために、アイドルとして活動する傍らパトロンをみつけ、東京の中へと通じるゲートを見つけて土下座までして確保し、稼いだ金で鍛錬を重ねて戦闘スキルをため込んでいた。

 そして、自分が絶対に生きて帰るために、半身が得体の知れない者になっているが故に不思議な力を持った蓮次をパートナーに、お互いに失った者を助け出すという盟約を結んで、“臨海区域(クリティカルエリア)”となった東京の街へと入っていく。

 変身したり、その身を元に戻したりするような薬剤に似たものが、閉鎖された都心部にはあって、それを手に入れて溜め込むことも、怪物相手の勝利には必要といった条件があったりする部分が、RPG的というかアドベンチャーゲーム的なものを感じさせる。ゲームシステムとも言えそうだけれど、特にゲームが原作という訳ではない。

 考えるならこれは、チートな存在が大活躍してしまうような展開を抑え、シリアスでシビアな条件をそろえることで、一筋縄ではいかないシチュエーションを作り出そうと用意されたものかもしれない。

 終盤、連次は幼なじみの少女との再会を果たすものの、それが蓮次と叶方とのパートナーシップを阻害したりもして、とりあえずうまくいっていた2人の冒険に影を落とす。なおかつ幼なじみが前と同じとは思いづらかったところに、都心部に蠢く得体の知れない存在の企みめいたものが漂う。“東京厄襲”が起こった日、魂のようになった蓮次が浅草上空から見えた謎めいた存在は、いったい何者で何を目的にしているのか。そこが未だに見えていない。

 そして蓮次自身にも、自分という存在への懐疑がつきまとう。怪物のような力を持ちながらも、意識は前のまま、記憶もつながっていて失った幼なじみを取り戻そうと懸命になっている蓮次。そこに以前との違いはない。ないけれども本当に蓮次は人間なのか。気になる部分だ。

 物語は“救務庁”による探査に手が、蓮次や、叶方たち“侵入者”の行動を潰しにかかる。一方で“東京厄襲”を起こした謎の存在たちは、未だ東京に居座っていったい何を行おうとしている。その果てに日本が、世界がどのような状況へと陥るのか。共闘するにしても潰し合うにしても、戦いの果てに日本は前のような社会を取り戻し、失った人たちを取り戻すことができるのか。

 知りたければ待つしかない。これからの展開を。


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