霧 2 無名の英雄

 子供たちは純真で、それゆえにまっすぐに世界を見つめ、自分を偽らないで突き進もうとする。たとえ壁が立ちふさがっても、乗り越えられると信じてひたすら歩み続ける。そんな子供たちの純真さを、真摯さを大人たちは時に利用し、時に裏切って自分を保とうとする。

 それが社会のためだ、正義なんだという大義名分を立てたところで、結局は自分可愛さの独善に過ぎない。そして、そんな大人たちの身勝手に子供たちが挟まれ潰されていく。憤ったところでそれが世界のためだと言われれば、柵に鎖でつながれた大人たちには何もできない。それで世界が絶望と混沌の渦中へと突き進もうとも。

 そんな大人たちに、いずれはなっていく子供たちが、けれども自分を偽ることなく、世界を裏切ることもなしに突き進んでいくことで、世界が救われ、大人たちも居場所を保ち続けられる。多崎礼のシリーズ第2作目となる「血と霧2 無名の英雄」(ハヤカワ文庫JA、780円)を語るなら、そんな物語といったことになるだろうか。

 かたつむりの殻の中のような世界に生きる者たちが、血の力を基準に格を決められ生き方を決められているという設定の上で、ライコスという世界に君臨する女王の20番目の子供で、ルークという名の王子が失踪。その行方を追って、かつて女王の1番目の王女グローリアを妻に迎え、娘も成していたロイス・リロイスという男が、今は下層で血液専門の探偵業をしているということで動き、無事にルークは助け出され、半ばロイスの助手のような形になって下層で暮らし始めるところまでが第1巻「血と霧1 常闇の王子」

 そして第2巻では、ルークが女王の下に帰されることになって、その身に半ば人質のような、そして当人にとっては女王の役に立てるという名誉のある任務が与えられ、ルークは自分の存在が認められたと意欲満々、けれどもロイスには本当にそれで良いのかといった疑問が浮かぶ。

 さらに、ロイスがずっと探していたミリアムという娘の行方を、ルークが知っているのではないかといった疑念も浮かんで2人は仲違いをしてしまい、逃げたルークを追おうとした矢先に撃たれてロイスは意識を失う。そこで見た走馬燈のような夢として語られる、ロイスとグローリア姫とのなれ初めと、彼女の運命とロイスの出生の秘密。離別があって虚脱の中に娘を失ったロイスが転落していった先で辿り着いたギィの店での日々へと戻って、そこからロイスはルークを救い出そうとして、彼に課せられたとてつもない運命を知る。

 そのとてつもない残酷な運命を、ルークはいったいどう受けるのかがこの第2巻の、そしてシリーズを通しての大きな注目点だ。直前、ライコスの最下層で起こった、自分を好いてもいない娼婦のために、自分が好きだからとその身を犠牲にして恥じない男の生き様に触れたこともあって、ルークは決意しそして踏み出す。

 その勇敢さ。その潔癖さ。まだ幼いながらも聡明なその頭が自分に課せられた運命を知り、自分にできることを考え抜いて選んだその道に、大人たちはただただ頭を垂れるしかない。同情ですら無用。それは自分を高みに置いて相手を慰撫することだから。大人は高潔な相手の慈悲に触れ、足下に跪いて呻くしかない。そしてルークの意思を嗣いで世界を真っ当に導くしかない。そう思わされる。

 もうひとり、ロイスの娘だったミリアムもまた、自分の運命を感じ恐怖に怯えながらも次代へと道をつなげる役割をした。そんな2人がいたからこそ、もしかしたら世界は救われたのかもしれない。そうでないかもしれないけれど、女王による傲慢は諫められ、新たな世界の枠組みの中で物語は次へと向かおうとしている。頑張った子供たちの残した果実を受け取って、大人たちはどこへ向かう? 第2シーズンがあるとしたら、そんな物語になるのだろうか。

 “至高の血”を求めてやまない勢力の暗躍は続いて、高貴な血を持つ者たちの間に策謀が巡らされる。かたつむりの殻に生きる国々は諍いを止めず、戦乱の予兆は増すばかり。そんな世界の中でロイスは、あるいは新たな登場人物たちはどんな活躍をするのかを、今は見極めたい。だから絶対に出て欲しい第2シーズン。そして第3シーズンも。それが常闇の王子、無名の英雄の生きた証をつなぐことになるのだから。


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