タイムシフト 君と見た海、君がいた空

 ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」を読んでからこの地球、この宇宙が誰かによって作られたもので、その誰かによって常に観察され操作すらされているものではないかといった可能性がすり込まれた。アニメーション「メガゾーン23」を見てからこの都市が滅びかけた地球から飛び立って、遙か彼方の宇宙を航行する巨大な宇宙船の中に作られた人工の都市で、そうと知らずに日々を暮らしているだけなのではないかといった可能性を抱かされた。

 リアルに考えるならそのどちらも可能性はまったくのゼロだろう。宇宙を星も生命も含めて観察している超越的な存在などいないし、都市はそんな宇宙で永劫に近い時間をかけて生まれ進化してきた人類が、ほんの瞬間を過ごしているそのごく一部に過ぎない。こことは違う世界なんてない。ここより外の世界になんて行くことはできない。

 それでもやっぱりこの世界への懐疑を抱いてしまうのは、「フェッセンデンの宇宙」であり「メガゾーン23」といった物語の中で人為的に生み出された環境であり生命が、現実にも生み出されようとしているからなのかもしれない。たとえばオンラインのMMORPGなど、没入すればゲームに過ぎない架空の世界が本物のように感じられ、そこにあたかも生命がいるように思えてしまう。あるいはそう思いたくなってしまうくらいに、こことは違う世界への偏愛を抱いてしまう。

 水島精二監督による長編アニメーション映画「楽園追放 −Expelled from Paradise−」に描かれた、人類の思考が電脳に移植されてそこでメモリを食いながら仮想の世界で生きるといった描写も、遠い未来を描いたSF的なビジョンでありながらも、断絶はしておらず地続きの未来として感じられるくらい、テクノロジーの進化は著しい。そんな世界に行けば幸せになれるかというと、「楽園追放」がそうではないと示している。いるけれどそれでも享楽に浸り続けられる世界への憧憬は消えない。

 午後12時の男、といういささか変わった筆名による作者の「タイムシフト 君とみた海、君がいた空」(ダッシュエックス文庫、640円)に描かれた世界はどうだろうか。栄田市という街で七尾レキという少年は、道に迷ってたどり着いた先で猫を助けようとしていた八神リノという少女と出会う。2人は一ノ瀬カリナとう見かけはまだ幼いながらも結構な年齢だという女性が運営する「一ノ瀬探偵事務所」に居候することになり、そこに六鹿アザミや七宮ユウキといった友人たちも加わって、青春とも言えそうな日々を送り始める。

 七尾レキには不思議な能力があって、誰とも知らない人の声を聞くことができた。カムナギと呼ばれるそうした不思議な能力を持った人が、栄田市には少なからずいるようで、300年ほど前に起こったという大規模国土消失事件、いわゆる<大消失>をきっかけに生まれて来たと言われている。当時の全人口の7割が消えてしまったという<大消失>のあと、栄田市には鐘のような音が一定時になると聞こえてきたり、触れることのできない影のような存在が歩いていたりする現象が起こり始めた。

 カムナギの登場もそんなひとつで、不思議な現象が人の上に現れたものを指す。七尾レキは誰かの記憶が重なってしまうことがあり、そして妹の七尾ミナは誰にも見えない景色が見えてしまうことがあった。そして八神リノ。彼女の場合は願ったことがすべてかなってしまうという超越的なカムナギの力があった。それでも平穏で楽しげだった栄田市の日々が大きく変化し始める。それはなぜ? といったところで明るみにでる栄田市が置かれた状況と、そして暮らしている七尾レキや六鹿アザミ、七宮ユウキといった住人たちの“正体”。<大消失>にも勝る崩壊への予兆に対して一ノ瀬カリナはある決断を八神リノに求める

 数々のSF作品でありアニメーションに描かれて来た、現実が虚構かもしれないという設定を記憶から引っ張り出せば、「タイムシフト 君と見た海、君がいた空」の展開に大きく驚かされることはない。いつものアレかといった感想に留まってしまうこともある。ただ、自分たちがそういう境遇だと知りながらも、崩壊に向かう世界をどことなく享受していた中から、自分ひとりが切り離され、現実の世界で進む時間の中で成長と、そして老いを感じながらも生き続ける心境はどれほどのものかを感じさせられるという部分で、強く心を揺さぶれる。

 もうひとつ、離ればなれになっても、流れる時間が違っていても感じ合った2人がそれぞれの立場で賢明に再会への道を開こうと頑張る姿が、設定を超えて感慨を与える。すべてが収まった時、いったい2人はどんな顔をして会うのだろう。どんな風に心を重ね合ってそれからも続くだろう長い時間を過ごしていくのだろう。興味をそそられる。

 たとえ世界が壊れていても、ボーイはガールとミーツして恋を育み、ガールもボーイとミーツして愛を交わす。そんな当たり前を改めて思わせてくれるストーリーだ。


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