THRAXAS
魔術探偵スラクサス

 漂う雰囲気でいうなら、講談社の「ホワイトハートX文庫」とか、富士見書房の「富士見ミステリ文庫」といったヤングアダルトの文庫から刊行されていても、あんまり違和感がなかったり。その意味で、大勢の若い読者の手に取られそうな可能性を持った本ではあるけれど、ただ1点、問題があって、それはヤングアダルトにとって致命的な問題だったりするから、ちょっと困った。

 何しろこの主人公、中年でデブで大食いの大酒のみで、おまけに博打が大好きといたった具合に、およそヤングなアダルトには向かない設定になっていて、若い自分を若くて格好良くって天才のヒーローになぞらえて、悦に入りたい若い読者への敷居を、ちょっと高くしているかもしれない。

 だからといってつまらないかというと、むしろその逆、面白くて面白くて面白すぎるから悩ましい。この際、少々の感情移入のしづらさは脇において、マーティン・スコットの「魔術探偵スラクサス」(ハヤカワFT文庫、680円)を読んでおいて悪くはない。

 ライトでポップでエンターテインメントで、おまけにしっかりし過ぎなくらいに、キャラクターの立ってる話だったりするその中身に、ヤングアダルトの小説の過剰に誇張されたキャラクターや世界設定から覚える違和感、たとえば小学生が警視総監にも一目置かれる探偵をやっている、なんて設定に抱く、呆然とした気分とは違う楽しさを、心から味わうことができるだろう。

 さて主人公のスラクサスは、デブで大酒飲みで山ほどの借金を抱えた悪徳でいっぱいの中年魔術探偵。かつては魔術師として宮廷に務めていたこともあったけど、訳あってクビになって、今は下町の酒場の上にねぐらを得て、酒を飲みつつ博打にうつつをぬかしつつも、それなりに仕事をしては生きている。

 そんなある日、暮らしている都市国家トゥライの国王の娘、デュ=アカイ王女がお忍びでやって来て、スラクサスに頼み事をする。それは、彼女が外交官に当てた恋文を回収してくれというもので、それほど難しいいこともないと受けたスラクサス、当の外交官の屋敷へと忍び込んで驚いた。折悪しくその外交官は誰かに刺されて虫の息。事の流れでスラクサスは犯人にされそうになってしまう。

 王女の助言もあって、とりあえずは無罪放免となってさて、何が起こったのかと戻ったところに、今度は当の王女さまがドラゴン殺しという事件の犯人にされてしまい、ついでにカタブツの法務官の息子も、出来損ないの王子様も別の事件に巻き込まれ、スラクサスの回りはどんどんととんでもない状況になって行く。その渦の中心にあるのは、どうやらエルフの宝らしい魔法の赤い布の紛失事件。いかなる魔法も跳ね返すその力を求めて、盗賊から王族から何から何までがトゥライの国をかけまわっていた。

 ヤクザへの借金に首が危なくなっているスラクサスも、宮廷からの依頼を受けて、赤い布探しへと向かうことになったのだが、かつて撃退した女殺し屋が登場しては命を狙ってくるわ、ヤクザに追いかけ回されるわともう大変。次から次へと起こる事件に出てくる人物たちの、悪い奴は悪く怪しい奴は怪しく弱い奴は弱く頼りない奴は頼りない姿に笑いつつ、そんなキャラクターたちが織りなす戦闘に駆け引きに騙し合いに揉まれつつ、一気にラストまで読み通せる。

 スラクサスが暮らす酒場で働く少女で、オルクと呼ばれる醜い種族の血と、人間とそしてエルフの血を引くマクリのキャラクターが、デブで大酒のみのヒーローのファンタジックな物語へのそぐわなさをカバーして、目にも鮮やかな活躍ぶりを見せてくれる。奴隷剣士として闘いに明け暮れていた生活から逃げだし、今は酒場でウェイトレスみたいなことをしつつ、スラクサスの助手もしているマクリだけど、剣士だけあって剣を取れば近隣の勇猛果敢な剣士であってもかなわない腕を持ち、且つ向学心が強く上の学校へと進みたいといって、日々の勉強も欠かさない。

 そんなマクリに流れるオルクの血を通して、物語世界を覆っている差別の問題が語られたり、またマクリも所属する、虐げられている女性たちが一致団結しようとする団体の存在が語られたりと、現在の社会にもある問題が投影されていて、それも決して説教臭くなく流れの中で巧みに、そしてだからこそリアルに描かれていて、読んであれこれ考えさせられる。

 それでいてエンターテインメントも忘れない。スラクサスが抱える、女殺し屋サリンとの過去の因縁に根ざしたバトルとか、誰がどうやって凶暴なドラゴンを殺したのかという謎解き、最後にいったい誰がエルフの赤い布を手に入れたのか、といった騙し騙されの展開を存分に楽しみつつ、そんな中から浮かび上がって来るさまざまな社会問題への指摘に耳を傾けつつ、描かれる奥行きを持って広がりのある魔法世界を旅してみてはいかが。全5冊にわたる冒険の端緒、ここでつかんでおかないと、あとで必ずや後悔するね。

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