天剣王器
Dual Lord,Reversion

 いまどき「世界は何でできているんだろう」なんて哲学的な悩みにふけって悦にいろうとしたところで、科学の人たちが出して来る分子とか原子とか量子とか波動とかいった真っ当な答えの前に、浮ついた気分はあっけなくうち砕かれてしまう。冷徹な物理法則が、宇宙の極大からクオークの微細にいたるほとんどすべてを支配して、いっさいの逸脱を認めない世界にもはや、センチメンタルでメランコリックな気持ちを見出す余地はない。

 もちろんそこから先、科学を土台に世界の成り立ちを考察していく道も楽しくない訳じゃない。法則をパズルのように組み上げることによって得られる、現実離れしたビジョンに思いを馳せることは悪くない。けれどもそうじゃない、法則にも理にも囚われず、自由に世界を想像してみたいんだという人は決して少なくない。それは人間が、己を細胞の塊とも遺伝子の船とも理解しつつ、それでも自由でありたい、自在でありたいと夢を描ける生命体だからなんだろう。

 ではどうするのか。冷徹な科学が厳然として存在する以上、科学とは違った概念を持ち出して、「じつは世界はこんなものでできているんだ」と考えることより道はない。例えていうなら人の紡ぎ出す”想い”とか”意志”によってによって形作られ、動かされる世界はどんな魅力に富んだ世界なんだろうと、夢に描いてみることだ。

 海羽超史郎の『天剣王器 Dual Lord,Reversion』(発行・メディアワークス、発売・角川書店、570円)の舞台は、人間が持つ意志が物体を構成する素子に作用することが分かった世界。素子の働きを制御する技術つまりは「魔導技術」が発見され発展し、人間は自然を操り物理法則を操って文明的な暮らしを送れるようになっていた。群雄割拠する国々を統治するのは、そんな魔導の力を誰よりも持った「王器」と呼ばれる執政者と、「天剣」と呼ばれる武人。なかでも台樹と呼ばれる小国は、卓越した才能を持つ「天剣」「王器」の指導によって、2大国の狭間にありながら繁栄を保っていた。

 台樹には15歳になった子供から「天剣」「王器」の候補から探し出す制度があって、幼なじみの若葉という少年とアユミという少女も連れだって王都へと出向たいところ、そろって候補になってしまった。そろって修業にはげむなか、アユミは魔導の力を認められて成績でトップクラスに駆け上がり、将来の「王器」は確実だと目されるようになる。

 若葉はといえば王都に来る前の修業の成果もあって武術や学術はそこそこながら、「天剣」にふかけつな魔導の力がまったくなく、中断の成績をうろうろとしていた。そんな若葉の不甲斐なさにイラだっているのか、そもそもがそういう性格なのか、アユミは若葉を罵倒し殴り蹴り嘲り、若葉は若葉で初めて出会った時にいきなり頭突きを食らわされ、鼻血をたらしながら泣いて謝った時から変わらない、可愛いけれど乱暴者なアユミを理解し2人で「あたしは王器になる」「だったら僕は天剣になろう」と誓い合う。

 勉強あり、試練あり、アユミとは正反対のおしとやかな性格を持ったユアナという少女の登場という三角関係ありの寮生活描写は、青春物語には定番ともいえるもので、アユミと若葉が当然のようにそれなりのポジションへと駆け上っていくのも、成長物語ではお定まり。とはいえ落ちこぼれには見えても、内にとてつもない力を秘めているらしい若葉は、「本当の自分」を探して止まない若い人たちの心を擽る存在だし、そんな若葉が好きなのに、いつも激しい”愛情表現”を見せるアユミ、シリアスなシーンに直面しても、内心の寂しさ、恐さを抑えて表向きは余裕のなかに芯の通った強さを見せるアユミの際だったキャラクターには胸がすく。

 若葉とアユミが故郷で師事し、王都に上がってからも教師となって2人を支えた無骨ながらも魔導の知識で他を圧するファナガン、美貌の内に圧倒的な戦闘力を持ったツォウといった魅力的なキャラクターたちが絡み合い繰り広げられる物語は、恋に成長、挫折に勝利といったありがちな展開を超えて、読み進んでいく楽しさを与えてくれる。

 そしてなにより法則も理も超えた世界のビジョンを見せてくれる素晴らしさ。枠組みにも常識にもとらわれず、魔導が根幹となり言葉によって成り立っている世界の構築にかける著者の情熱が目にまぶしい。さまざまな”想い”が交錯しながら動いてく世界の描写に注ぐ著者のパワーが心にうれしい。物理法則に流されるのではなく、人の”意志”が切りひらく未来への希望にあふれた物語が与えてくれるロマンチックな感動に、科学の人も哲学の人も思う存分ひたってみてはどうだろう。

 「第7回電撃ゲーム小説大賞 選考委員奨励賞」を受賞した著者のこれがデビュー作。キャラクターの造形力と世界の構築力を垣間見せてくれた著者がその力を注いで作り上げる新たな世界の新たな人々い、今から期待がふくらむ。


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