吸血鬼に天国はない

 吸血鬼だって人と同じ心があるのに差別され、虐げられ、宇宙へと人類が向かうための実験台にされているのが牧野圭祐による「月とライカと吸血鬼」のシリーズ。吸血鬼は人よりもむしろ優しい心の持ち主で、高いプライドも持っていて人間たちの圧迫に耐えながらも自分を見失わないでいる。

 決してモンスターではない吸血鬼。そんなイメージを醸し出すライトノベルにおける設定は、「賭博師は祈らない」の周藤蓮による「吸血鬼に天国はいらない」(電撃文庫、630円)でも踏襲されているのか。大きな戦争があって古い道徳心が崩れ、禁酒法の影響でマフィアが跋扈するようになった街で非合法の運び屋をしているシーモア・ロードに依頼が入る。行くとマフィアらしい男から、ルーミーという名の美しい少女を預けられた。

 依頼だからとルーミーを車に乗せて走り出したシーモアたちに襲いかかる何者か。それをかわしながら目的地へと到着したら、そこでも襲撃が行われ、シーモアにも銃弾が迫った。その時、ルーミーが割って入って頭を吹き飛ばされて死んでしまう。

 導入部なのにヒロインが死亡して退場とはこれいかに。もっともタイトルにあるように吸血鬼が鍵となっている物語。ルーミーの正体はその吸血鬼で、復活して行く場所も失ってしまったことで、そのままシーモアの部屋に居着くことになる。

 家に置いたままでも良かったものの、緊急の事態にルーミーを車に乗せたまま向かった仕事の途中、流水を渡れないという吸血鬼に課せられたルールを逆に利用する異能が発動してシーモアの運び屋稼業の役に立つ。以後、シーモアは仕事にルーミーを同行させるようになる。

 母親を失って天涯孤独の身の上を嘆くルーミー。父親を戦争で亡くしてからからっぽになってしまったシーモア。共に日陰を歩くシーモアとルーミーのラブストーリーの始まりか。そう思わせて展開は、ずっと隠れていたマフィアの幹部が居場所を見つけられ、暗殺された事件の謎へと向かい、真相へと迫る展開の中でルーミーの本性らしきものが浮かび上がって来る。

 吸血鬼はやはり吸血鬼。人倫など知らず恋情など持たないで人間を喰らう恐怖の王なのか? それとも心があって恋も理解できる存在なのか? そうした疑問への答えを探るシーモアの思考の果て、すべてが仕組まれていたはずの一件が暴かれながらも、その中にぽつりぽつりと見えて来る、吸血鬼の“心”のようなものに触れていけるだろう。

 それもまた表面的なものでしかないのか、それとも何かの芽生えなのかと考えさせられるけれど。

 マーダー・インクと呼ばれるマフィアのさらに裏側で暗躍しているような暗殺組織がどうやって生まれたかという理由と、そのリーダーという女の片腕と片足がない姿に、物語の世界が置かれた状況の苛烈さが滲む。そうした世界が異形の存在としての吸血鬼を産み落とし、社会のバグを喰らわせるといった説明にも納得が生まれてしまう。

 もしかしたら混沌が続く実際の社会にも、ウイルスなりワクチンとしての吸血鬼が生まれているのかもしれない。それらが跋扈して跳梁し、すべてを破壊してくれればこんなに痛快なことはないのだけれど。

 すべてが終わった後、果たしてシーモアは救われたのか。ルーミーとの関係はどうなっていくのか。ハッピーにもバッドにもエンディングには至っていない物語が続く余地はまだありそう。それは壊れてしまった者たちによる破壊と死のドラマになるのか。芽生え始めた心が無敵の怪物性と重なって世界を導くドラマになるのか。続く可能性を信じて待とう。


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