Iron Ball Princess Emily
鉄球姫エミリー

 心せよ。気を抜くな。平静を保て。それからページを開くのだ。

 集英社スーパーダッシュ小説新人賞を受賞した八薙玉造の「鉄球姫エミリー」(集英社スーパーダッシュ文庫、667円)。とにかくすさまじい。繰り広げられる光景に誰もが目を見張り、肩をすくめてて背筋を凍えさせるだろう。

 常人なら1歩とて歩けない巨大な甲冑をまとった人々が、地を駆け空を跳び、壁を登り山野をめぐってはぶつかり合う。鉄球がうなり鉄槌が振り下ろされ、鉄矢が放たれ鉄槍が繰り出される。武器がひと振りされるたび、敵の肉がちぎれ内臓がえぐれ、肋骨がひしゃげ頭蓋骨が砕け、生命は血と肉と脳漿と臓物のカタマリへと形を変える。

 かくも残酷で、グロテスクなバトルを繰り広げる一方の主役はエミリー姫。ラゲーネン王国の第1王女として生まれ、跡取りとして育てられながらも、妾腹だったが故に本妻が王子を生んだ途端、脇へと追いやられ命すら危うくなる。

 弟から王位を簒奪する気などさらさらないと訴え、わずかな供を連れて田舎に隠居しても、位を継いで王となった王子の体力が弱いことを見た政治が、エミリー姫を放ってはおかなかった。王位簒奪の誘いをかけてエミリー姫の元へと密使を送る。それを見て病弱の王をもり立てる主流派も、エミリー姫の排除を企てる。

 かくしてエミリー姫の隠遁する居城へと、とてつもない戦闘能力を持った亡霊騎士たちが送り込まれる。その亡霊騎士たちがもう一方の主役。公爵家の娘だった少女と、仕えていた重騎士の息子が共に落剥した身を助け合いつつ、汚い暗殺者へと身を落としながらも、父祖の仇を撃つべく世界を流離っていた。

 そして見つけたのが、仇ことエミリー姫に仕える老騎士マティアス。ここしかないとエミリー姫の居城へと乗り込んだ亡霊騎士たちと、エミリー姫たちとの間には当然ながら激しいバトルが起こり、そして人々は次々と潰れひしゃげた肉塊へと姿を変えていく。

 そんなはずがあるものか。表紙に描かれ口絵にも添えられたエミリー姫は実に可愛らしい。メイドの股間に顔をうずめるエミリー姫の姿から、おてんば姫がやんちゃな力で置かれた境遇を脱出しようとする、コミカルタッチの冒険ファンタジーだろうと、表紙に誘われ口絵をながめて、この物語を手にした人がそう思うのは当然だ。

 読み始めても冒頭から、エミリー姫は喋れば卑猥で乱暴な言葉を放つ、中年男のようなコミカルなキャラクターに描かれている。明るいお色気描写もふんだん。そしてそんなコミカルさの中に、主を慕う騎士の情が描かれ、理不尽な追求に苦しむエミリー姫たちが描かれる。

 幾度かの戦いを経て理解し合い、協力し合ってエミリー姫と亡霊騎士たちは、真の敵を討つべく都へと向かう。そんな物語が待っているに違いないと、期待して読んでいたらとんでもない方向へと引っ張られてしまい、緩んでいた心は激しく揺さぶられる。ひどければ衝撃にしばらく立ち直れないかもしれない。

 だから重ねて言う。心せよ! 気を抜くな! 平静を保て!

 読み終えて浮かぶのは、命を賭けて戦うとはどういうことなのか、といったシリアスでリアルなテーマだ。ライトノベル的な、あるいはコメディ的な予定調和とは徹底的に異なる、バイオレンスならではの残酷だけれど当然ともいえる熱く激しい地平へと読者は連れて行かれる。

 心痛むかもしれない。涙が嵐のように吹き出すかもしれない。けれどもそれがシリアス。それがリアル。命がかかった戦い故に起こり得る出来事から目をそらしてはいけない。もっともそらすことなど不可能だろう。描かれる非道で残酷な物語に少しでも触れた人ならば。

 重量級の甲冑と武器がすさまじい速度で交錯するバトルシーの激しさは、物語を読む目にもヘビーでスピーディーなシーンが浮かぶよう。新人らしからぬ緻密な描写力がキラリと光る。そして物語の残酷で悲しい展開は、慟哭を誘い憤りを浮かばせどうしてなんだ? と空しさに心溺れさせる。

 かつてない趣向。そしてかつてないヘビーウェイトな物語。超弩級の迫力と超絶的な描写力、超越的な展開力に刮目せよ。

 もし仮に、これで絵が天野喜孝だったら、そして版元が朝日ソノラマだったら誰もが夢枕獏であり、菊地秀行に続く伝奇バイオレンスの新鋭だと思ったかもしれない。それなのに登場したのは「集英社スーパーダッシュ文庫」。被うパッケージも愛らしい少女のイラストばかり。手に取り読み終えて誰もがライトノベルというカテゴリーが持つ、懐と間口の広さを強く感じることだろう。


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