チーム 女警視・渡辺暢子捜査ファイル

 「密室殺人」ならいいし「完全犯罪」ならなお最高。単なる「殺人事件」でも悪くない。「国際謀略」なんて手に取るだけで心が躍るし、「戦場浪漫」なんて字を目にするだけで胸が高鳴る。「暗黒小説」も「幻想小説」も「怪奇小説」も嫌いじゃない。「空想科学」は大好きだ。「科幻小説」も認めよう。「義理人情」、最高っ! 「自己犠牲」、泣けるっ! 「勧善懲悪」感動っ! 聞くだけて体がピクリと反応する、「娯楽小説」にあってしかるべき”4文字”の要素を挙げ始めれば、それこそ枚挙に暇がない。

 そして、ここに新たに加わった要素がある。それは「百円均一」。なにそれ? と思った人は、近所にもしもあるのだったら「100円ショップ」でお馴染みの「ダイソー」の店舗をのぞいてもよう。プラスチックの洗面器から女性向けのショーツから、茶碗からフライパンから文房具からバッグから玩具から、なにからなにまですべて100円で売っているこの店に登場した、当然のごとく100円均一の小説シリーズ「ダイソー・ミステリー・シリーズ」が、「娯楽小説」に限らずすべての本が持つ費用対効果の概念を、一気にに別の地平へと運んでくれるはずだから。

 もちろん洗面器やフライパンと違って、安ければ良いとは限らないのが本の世界。たとえ100円だろうと読んでつまらなければ紙屑だし、1万円払おうとも面白ければその価値は十二分にある。30冊ある「ダイソー・ミステリー・シリーズ」にも、もしかしたら100円の価値すらない小説も混じっているかもしれないけれど、通し番号では30番目にあたる矢月秀作の「チーム 女警視・渡辺暢子捜査ファイル」(大創産業、100円)に限って言うならば、800円、900円が普通になってしまったノベルズに入っていたとしても、不思議じゃないくらいの中身があった。800円、900円の価値があるかどうかは別にして、100円は安いということだけは確かだろう。

 警察官が密造銃によって射殺される事件が管内で相次いでいた警視庁。捜査に当たっていた特捜本部の本部長を務めていた女警視の渡辺暢子だったが、一向に捜査の進展しない事件を一気に解決するべく、最後の手段に出る。それは刑務所に入れられている犯罪者の中から特異な能力を持つ4人を集めて、釈放と報償を条件に事件の捜査に当たらせようとするものだった。

 集められた4人とは、舌先三寸で女でも犯罪者でもコロリと騙す詐欺師の柳葉涼也、世界中で暴れ回ったものの部下の失敗から銀行襲撃に失敗して捕まった女テロリストの仲井戸飛鳥天才的なハッカーながら眼鏡を失うと恐怖から暴れん坊になってしまう光野高之、任侠ヤクザの生き残りとも言える石嶺剛。そう聞けば当然思い浮かぶように、詐欺師は口先三寸で女をたらし込んで情報を集め、ハッカーはパソコンを使って情報収集に当たり、ヤクザは昔の仲間の伝を頼りながら度胸とパワーで突き進み、女テロリストは培った戦闘の技をテロリストならではの情報網を駆使して事件の真相へと迫っていく。

 連続殺人のテッド・バンディに似た様な連続殺人の推理をさせたアメリカとは違って、現実問題、日本での犯罪捜査に囚人をかり出せるのかと、おまけに捜査に協力したからといって釈放できるかという事実関係への疑問はあるけれど、それはそれとして「娯楽小説」における一種のパターンとして、理解し楽しむのが粋ってものだから突っ込まない。類型的過ぎるキャラクターたちも、逆に類型的だからこそ活躍し危機をかわし活躍していく姿を楽しんで読めるというもの。「勧善懲悪」じゃない「水戸黄門」があり得ないのと根っこは同じで、各人の持っている資質がしっかりと成果を発揮し、ピンチの際にも存分に役立つといった展開は、歌舞伎役者の大見得にも似て溜飲が下がる。

 密造銃のスタイルやその製造方法、製造場所にもいろいろと仕掛けがあって、これほどのアイディアにこれほどのキャラクターたちを、たったの100円で出してしまって惜しくはないんだろうか、といった余計なお世話かもしれない疑問も巻き起こる。いがみあうヤクザと女テロリストが妥協し和解し理解しあう関係になっていくまでの描写といい、詐欺師が詐欺師ならではの能力を発揮してヒントに迫っていく部分の描写といい、読んでいてワクワクとさせられる場面も少なくない。

 なかなか正体を見せず、百戦錬磨の女テロリストですら翻弄する難敵だったはずの犯人の、決して迫力充分とはいえそうもない正体や事件を起こした真意とか、慎重過ぎるくらいに慎重なはずの女テロリストが見せる隙がいささか気になるけれど、度重なる危機を時には地力、時には仲間の力を借りながら乗り越え、事件の真相へと迫っていくストーリーが、そんな小難しいことを考えるヒマをそれほど与えずに、ページをめくらせてくれて、これまた100円では勿体ないという気にさせてくれる。

 唯一問題があるとするなら、タイトルに堂々と名前を連ねた「女警視・渡辺暢子」の存在感があまりに希薄なことで、事件の解決に決定的な役割を果たすどころかドジを踏み、事態をいっそうややこしくするばかりで、いささか役者が不足しているような印象を受ける。そもそもがタイトルに名前を冠されるようなエリートだったら、囚人に頼って事件を解決するような真似はしなかっただろう。せめて狂言回しとしてでも、もうちょっと活躍する姿を見たかった。果たしてあるかは分からないけれど、次があるなら、あるいは他に場があるならそこでの活躍に期待しよう。

 それにしても恐るべきは「百円均一」の「ダイソー・ミステリー・シリーズ」。他のラインアップを見ても、田中文雄に若桜木虔に香取俊介鏡京介秋月達郎等々、大手で活躍している名前が散見されて手に取ってみたいという気にさせる。それが実際には100円の価値すらなかったとしても、あるいは見ない新鋭の作品が100円に値するかどうか分からなくても、支払うのはわずかに100円、缶ジュースだって買えない1枚の硬貨分の損でしかない。新たに加わった面白さのひとつの要素、「百円均一」が定義にまで格上げされるかどうかを、残りの本なり今後出るだろう別の本を読みつつ確認していきたい。


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