建売秘密基地 中島家

 実は続編はあるんじゃないか。是非とも続編が読んでみたい。などと思ったものの作者にとってはこれが完結だったらしく、太田忠司の「3LDK要塞山崎家」(幻冬舎、781円)がノベルズから文庫へと装いを新たにしてしばらく経つ現在も、建て直された3LDKを狙って、絶世の美女にして「CRAB」の総統、クミコ・エリス・ハスターが戦いを挑んだという話は聞かず、主人公の活躍というよりは、再びのクミコの爆裂ぶりに触れてみたいと願っていた身にとって、寂しい日々が続いている。

 作者自身が完結だと標榜している以上はおそらく多分、きっと永遠に続きが書かれることはないと諦めるのが筋かもしれないけれど、ここに来てようやく、直接的な続編ではないものの一種のシリーズ的な雰囲気を持ち、タイトルもまた「建売秘密基地 中島家」(幻冬舎、600円)などと韻を踏んだような小説が刊行された辺りから想像するに、出版社的にも作者的にも「3LDK要塞山崎家」には、それなりの思い入れがあったのでは、という気がして仕方がない。

 あるいはもうちょっとだけ待てば、ナイスなクリスの暴走ぶりに見えられるかもと、ちょっとだけ期待も沸いて来た。もっとも「建売秘密基地 中島家」を読んでしまった今現在、こちらの方にもさらなる続編を求めたい気がひとつと、バリエーションを買えた別のファミリー・バトル・ストーリーを世みたいという気も膨らんでいて、迷いと惑いに頭が破裂しそうになっている。作者もなかなか罪な人だ。

 家族に隠れて正義のヒーローをやっていた山崎家の家長とは違って、こちら中島家の家長の八郎は正直いって軽薄で短小。務めていた自動車メーカーをリストラになり、再就職もままならず、社宅を出て一家路頭に迷うおうかとしていたその時に、八郎の母親が手を差し伸べて田舎に新築の一戸建てを購入し、家族そろって暮らしながら、頼まれれば何だってやる「ナカジマ・ナンデモ・サービス」という会社を始められるようになった。

 とはいえすぐに繁盛するほど甘くないのがこの世の中。その日も小学生時代に同級生だったという、今は地域でも指折りの大金持ちとして町はずれに豪邸を構えている伊呂波麗溶斎の家へと呼ばれて、息子の龍彦を連れて出かけていった。ところが城のような伊呂波の家へと入って2人とも吃驚。閉じこめられてしまって外へと逃げ出すことが適わない。さらに現れた伊呂波から頼まれた仕事に2人とも仰天。何とこの豪勢な「城」と、八郎が今住んでいる小さな建て売り住宅を交換しようという提案だった。

 比べれた天と地、月とスッポン、ウサギとカメほどにも違う両家の交換は、八郎たちにとって明らかに得するように見える。ところが八郎は城と建売との交換を、「男のロマンと家族の幸福」のためにと断ってしまう。もちろんバカ殿ではない伊呂波麗溶斎、そこで引っ込むはずもなく、八郎と龍彦の親子を城に監禁し、逃げ出せば今度は城を要塞へと変形させて、中島家の建売を奪いに向かうのだった。

 いったい中島家には何があるのか。建売秘密基地とは何なのか。伊呂波家と中島の家との間にはどんな因縁があったのか。八郎と龍彦が城を脱出しようとした時に現れた謎の超人「マーヴェラスライト」の正体は。続々と繰り出される謎、謎、謎が次第に明かされていく一方で、伊呂波に付き従う「いろは」の順に並んだ忍者たちと、ABCの順に並んだ「或波武党」と名乗った忍者たちとの、くんずほぐれつの忍術バトルが展開されて、されには「こんなこともあろうかと」といった具合に絶妙のタイミングで取り出される秘密兵器の登場も加わって、エスカレートしていく楽しさが読んでいて存分に味わえる。

 本編の中島家とはあまり関係がなさそうに、冒頭で描かれる海底をうごめく巨大な影、宇宙に現れた異星からの侵略者、山奥で見つかった謎の生き物のエピソードが、物語を最後まで読んでなるほどとそうだったのかと腑に落ちるのも楽しさのひとつだろう。強力無比なクミコという敵を得て続編への期待が盛り上がった「山崎家」に比べると、続編の期待できない完結にして大団円の物語ではある。

 それでも「建売秘密基地 中島家」の刊行によって、「山崎家」から「中島家」へとバリエーション的に変奏される不思議な「家」のシリーズ化が、より明確になったことはひとつの収穫。続編云々よりも今は、もうひとつ、というよりさらにひとつの、奇妙な「家」を舞台に繰り広げられる「家族」の機微とドタバタを、描いていってもらえればそれだけれ嬉しい。再び「次シリーズを乞うご期待to作者」。


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