祟りのゆかりちゃん

 お寺に巫女さんはいない。いて良いはずがない。東京の西八王子にある“萌え寺”として有名な了法寺には、時々メイドさんがいたりして、お寺に参拝に来る人たちの目を楽しませてくれるけれど、神に仕える存在であるところの巫女さんは、いくら萌えの対象として若者たちに親しまれていても、さすがに寺には置かないようにしているらしい。

 それが、仏様をお祀りするお寺としての矜持というもののはずなんだけれど、蒲原二郎の「祟りのゆかりちゃん」(幻冬舎、1500円)に登場する、東京は六本木にあるという力道山常照寺には、なんと巫女さんがいるから罰当たりというか革命的というか。外資系のヘッジファンドでファンドマネージャーとして活躍して、しこたま稼いで若くしてリタイアしたユーミンという名の住職の言うところには、明治時代まで日本は神仏習合だったから、寺に巫女がいてもおかしくないらしい。そういうものか? 違うだろ。

 それは多分に言い訳で、巫女さんでもいた方が寺が華やかになると考えただけのこと。これに輪をかけるように住職は、縁切り観音としてお祀りしてきたご本尊を、あろうことか真逆の縁結び観音として売り出すことにしてしまった。近所にある飲食店や風俗店に集まる女子には大受けで、評判を呼んで取材も増えて住職としては万々歳。その傍らで面白くないのが、主人公の本間由加里という女子だった。

 特に有名でもない大学を出た上に、就職に失敗してどこからも採用されず、それでもとすがって相談したゼミの先生から、紹介されたアルバイト先がこの常照寺。住職のユーミンは180センチ近い身長の美坊主で、お金も持っていそうでこれはと思ったものの、口を開けば出てくるのが由加里に対する悪口雑言。取材に来る美人編集者や、お参りに来るキャバクラ嬢にはいい顔を見せつつ、由加里には巫女さんの格好をさせ、掃除やグッズ販売の仕事をさせて月給18万円でこき使っていた。

 そんな由加里にさらなるピンチが。祟りが封印されていた邪心供養塔を、ユーミンから由加里にプレゼントだと渡した、護身用具とは名ばかりの手榴弾で吹き飛ばしてしまったからたまらない。解き放たれた祟りに取り憑かれた由加里は、哀れにも一生男性との縁に恵まれない身となってしまう。

 とはいえそれは可愛そうと、当人は縁切り観音から縁結び観音へと無理矢理変えられ、怒り心頭ながらも慈愛を失わないご本尊が夢に現れ、108ある煩悩の数だけ人を救えば呪いは解けると由加里に告げる。そして寺には、観音様の導きによって悩みをかかえた人たちが現れ由加里に相談。聞いて由加里は、住職の知り合いらしい葬儀社の若い社長とか、キムさんという謎めいた男の手助けを借りて、どうにかこうにか解決していく。

 このキムさんという男がとにかく正体不明で、借りてきたといって高級車を乗り回しては、その場に捨てていったり、買ってきたという変装用の服が、あつらえたように潜入先の企業の制服だったりするから実に怪しい。いったい何者? さらに謎めいているというなら、ユーミンの祖父のシャーミンも、輪をかけて謎めいた人物で、戦争中にはブローカー紛いのことをしていて、今も中国には入国できない身の上とか。強い霊能力の持ち主で、警視総監からも事件の解決を頼まれるというから、胡散臭くはなくてもどこかおかしい。

 そんな不思議な人物たちに囲まれながら、果たして由加里は108もの悩みを解決していけるのか。まずは巧くいったけれども、これから先に訪れるのはいったいどんな難題か。「祟りのゆかりちゃん」が続くなら、そんな辺りが描かれては、相談する悩める人たちに重ね合わせて、本当の悩みを抱いた読者の人たちの心を、解きほぐしていってくれそうだ。良縁に恵まれたいと願う由加里の心境に、自分を重ねて進む展開に希望を抱く人もいたりして。

 謎めいているといえば、ユーミン自身もキツそうな性格に見えて、実は優しい男性だったりするから分からない。はるばるブラジルから住職の祖父を訪ねてきた、老女の願いをかなえてあげようとするエピソードでは、由加里を嫌っているようなそぶりを見せていた住職が、車を出して熱海まで飛ばしてみせる。普段はキツく当たっても、実はユーミン、由加里のことが気になっているのかも。それがラブロマンスに発展するか。それともやっぱりただの使用人と仕様者の関係に留まるか。

 そんな興味を引きずりながらも、そこはやっぱり呪いもあってまだまだ結ばれそうもない2人。だいたいが悪党たちに囲まれた時に、1番パワーを発揮していたのが由加里自身だったりするから面白いやらおかしいやら。祖父に鍛えられたという武道の腕をふるって、向かってくる悪い奴らを蹴飛ばし、殴り倒してみせたその活躍は、人によっては憧れを抱きそうだけれど、優しく可愛い女性が尊ばれると思いがちな由加里には、自分の魅力が今ひとつアピールできていない。そこが少し残念かも。

 そんなこんなで始まった由加里とユーミン腐れ縁、そして次から次へと持ち込まれる悩み相談のストーリーが、これからも続いていってくれることを今は願おう。そのためには六本木に行って巫女さんから縁結びのお札を買って、常照寺の営業に貢献しなくては。いったいどこにあるんだ境内は。


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