テールエンド
海賊放送アプリコット通信

 「ニセ首相官邸」というサイトがある。今のライオン頭の首相と前のラグビー首相と元の気配り首相がそれぞれに、とてもオモシロい政策を発表しては、日本を良くしようと張り切ってくれている。

 去年だったら「月刊紙幣」なんて施策があった。野口英世に樋口一葉といった偉人に紙幣のデザインを変えようなんて話の風呂敷を広げて、どうせだったら毎月新しい偉人をデザインに取り入れて、新札の発行にいわれる経済効果をいっそう高めてしまおうって内容だった。

 あと今年だったら「フセインの髯を沿ってしまえ」と訴えた大爆笑の施策もあった。古今独裁者には髯があった、だから髯を剃ってしまえば独裁者としての危険はなくなる、なんてバッチリな論理に裏打ちされた施策だったけど、後に現実に髯を剃られた独裁者がまるで独裁者っぽくなかったのを目の当たりにすると、その施策がどれだけ高い先見性を持っていたかが良く分かる。

 これほどまでに素晴らしい提案が目白押しの「ニセ首相官邸」なんだけど、掲げられた施策のどれもが実行に移されていなくって、せっかくの施策が世界の安寧、経済の安定にまるで貢献していないことは、大問題だしもったいない。

 もちろんリアル首相じゃないニセ首相の施策なんだから、実行に移されるはずがないってことくらい知っている。知っているけどもしも実行されたとして起こる、かもしれない事態の素晴らしさを思うと、ニセの施策でであっても官僚が、あるいは市民がそれを実行してしまえば良いんじゃない、なんて思えて仕方がない。

 そこまでの気概とお笑いの心を、下は偏差値エリートから上は55年体制下でホネヌキにされた官僚たちで主軸がびっちり固められた今の霞ヶ関に望むのは無理。かといって市民が率先して、オモロシ施策を実行できるかって言うと、世間から反発をくらったりお上からにらまれるんじゃないか、なんて心配も一方にあって悩ましい。

 そんな市民にも官僚にも、読んでもらいたいのが津久田重吾の「テールエンド」(集英社スーパーダッシュ文庫、648円)。お笑いたっぷりの施策に気持ちをノせられた人たちによって、国が良い方にひっくり返る実例を目の当たりにできて、自分たちもやってみようかって思えて来るはずだから。

 ヴィステリア王国は、クーデターで国をひっくり返したフミ・フフミフミン将軍が、独裁政権を立てては愚策ばかりを出して国民たちを苦しめている。困っても如何ともしがたい国民だったけど、ある時からはるか彼方より放たれた海賊放送の電波に乗って、「余はフミ将軍であーる」と頓狂な声が飛び出すようになってから、虐げられて萎縮していた国民の気持ちに変化が起こった。

 「アホタレ将軍たちの年金給付金は、85歳から始めることにした! ついでに言うと彼らの定年は45歳だ!」なんて、国の財源と人材の有効活用にとっても効果がありそうな施策が飛び出したり、「明日一日に限り10歳までの子供たちは、街のお菓子屋さんからクッキーをタダでもらえるぞ」「徴兵年齢に達した青年男子諸君は、軍に入隊する代わりに国有地を自由に耕してジャガイモを植えてよいことになった」なんて、経済政策農業政策が打ち出される度に、なぜか国民はそのとおりに動くようになってしまった。

 ようするに国へのレジスタンスなんだけど、加えて毎回の放送の実に絶妙で軽妙だったりしたことが、沈んでいた国民たちを奮い立たせたんだろう。ヴィステリア王国の沿岸警備軍でパイロットをしていたマグーも、海賊放送に奮い立ったひとりで、流れて来る電波に毎回、大笑いしながらフミ将軍失権の時を妄想していた、そんなある日のこと。

 警備に出向いた先で海賊に襲われていた飛行する貨物船トリリオン号を助けたものの、墜落して逆にトリリオン号に拾われ、そこで働いていた船長のリリアン、医療担当のマリエル、機関士の競れ名、通信士のルフィーナの美少女たち4人とトリリオン号に乗り込んで、彼女たちがしていたあることを手助けし、ついでに4人の正体も知ってなおのこと協力関係を深めていく。

 やがてわき起こるトリリオン号のピンチに、マグーたちがとったのは言ったことが本当になってしまう海賊放送の利用。結果起こった出来事に、銃じゃなくってお笑いのスピリッツをもって立ち向かう素晴らしさが見えて、何て羨ましい国なんだろう、なんて羨ましい市民たちなんだろうと思えて来る。

 独裁国家として強権を使って国民たちを統治している国で、果たして市民レベルのサボタージュが日常茶飯事に行えるものなんだろう、どうして弾圧されないんだろう、なんて悩ましい部分もあるけどそこはそれ、海賊放送が市民レベルに留まらず官僚たち軍人たちの気持ちも、融かしてたんだと理解しておくことにしよう。

 あっけらかんとして楽しくロマンスもあってしっとりとした物語。いつか日本でもこんな無血のレボリューションが実現すれば面白いけど果たして如何に。とりあえず「ニセ首相官邸」には津久田重吾「テールエンド」を読むように、なんて施策を出してもらおう。


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