太陽機関士物語 完全版

 表紙が小説の顔だとするなら、そこに描かれている1番大きなキャラクターを小説の主人公と見るのは自明の理。鉄のカタマリのような機関車をバックにすっくと立った、黄色いTシャツの胸を膨らませオレンジ色のツナギの上着部分を腰で縛ってそこにボルトかナットを回す機械をぶらさげ、手には巨大なスパナを持った美少女こそが、堂々の主役なんだと祭紀りゅーじの「太陽機関士物語 完全版」(メディアワークス、590円)を捉えて異論の出る余地はない。

 さらにいうならこの少女。口絵の中でもド真ん中にすっくと立って背後に経験豊富な老人を、脇に頭脳明晰な女性と実直そうな男性を従え、足下に表紙にもちょっとだけ描かれているうす汚れた貧相なガキをはべらせていたりと主役然とした所を見せている。あるいは、爆発する何かをバックに手には万力、頭にはヘルメットを着けて果敢なところを見せていたりするシーンも。いずれを取っても彼女が主役の座にあることは、誰が見たって明らかだろう。

 ところがだ。読み始めて真っ先に出てくるのは、「寝間着姿にサンダルをつっかけ、髪は寝ぐせで逆立っている。寝起き丸出しの風体だ」(14ページ)なんて描写される「サブロウ」という野郎。表紙で言うなら主役とおぼしき少女の背後で、カリントだかの袋を握って見るからに意地汚なそうな姿をさらけ出している下っ端機関士こそが、本編の主人公というから驚いた、というよりあきれ返った。

 一応は「太陽機関社」という公団に所属して、4号機まである機械仕掛けの太陽を空へと運ぶ機関車の3号機に乗り組んでいる機関士で、先輩で美少女のランコ(口絵の利発そうな美少女)と同僚のカズマ(同じく実直そうな男性)たちと一緒に、世界にとって大切な仕事をこなしている身の上ではある。もっとも遅刻は常習でその度に下水道をくぐって出勤するものだからひどい臭いを放っている。真面目さ勤勉さからはほど遠く、自分のためでも金のためでもなく、半ば惰性で仕事しているという体たらく。にも関わらず妙な所で気が回るのか、「太陽機関社」の土台をゆるがしかねない大事件で、知ってか知らずか陰謀の片棒をかつがされてしまう。

 「太陽機関社」が太陽を運ぶために使っている「128式」という機関車は、使われ始めてから30年が経過して、あちらこちらにガタが出始めている。公団という組織上、共和国やら公国といった世界に分散する各国から資金を出してもらって運営しているため、太陽のためとはいっても莫大な額にのぼる拠出を各国とも厭がっていて、次代の機関車についてはもっと安くならないものかといったプレッシャーを受けている。

 そこにつけ込んだのがヒシイという企業体。打ち上げればグルグルと上空を動く、新しいタイプの太陽を開発して盛んに各国に採用を呼びかけていたが、これに困ったのが「太陽機関社」の運転士たち。もしも自動的に空を飛び回る「太陽」が採用されたら、真っ先に失業するのが機関士ということになる。事実3号機と4号機は廃止が決まってしまい、サブロウも含めた機関士たちは将来どうなることかと揺れている。

 他に取り柄のないサブロウの被害意識たるや絶大で、そんな気持ちに同僚というか先輩だったダイゴ(口絵の老人)が実は、ヒシイとつながっているのではという疑いが芽生えてしまったからもう大変。疑心暗鬼に駆られたサブロウの讒言によって、ダイゴが謹慎の身へと追い込まれてしまった所に、追い打ちをかけるようなとてつもない事態が起こってしまい、サブロウは二進も三進もいかなくなる。

 何がいったい起こったのか? それは読んでのお楽しみとして、その間抜けさ、その愚かさは脇役中の脇役、悪役中の悪役と言って過言ではないサブロウが、それでも主役の座にいられたのは何故なのか。たぶんそれは、聡明でも頑固でも鋭敏でもない、ごくごく普通の人間だったサブロウの姿が、ごくごく普通の生き方をしている現代の多くの人間たちに重なっているから、なのだろう。読者は彼の不様さを笑いつつ、自らの中にもたぶんある同じような不様さをうっすらと感じては、心の奥底で本当は覚えたくない共感を抱くのだ。

 お盆のようになった世界を照らす人工の太陽機関車という設定自体の詳しい説明が作品の中ではされておらず、未来だとするならいったいどうしてこういった世界が出来上がったのか、激しい興味をかきたてられる。漫画家の坂口尚にギリシア神話で太陽神アポロンの息子ながら太陽を乗せた馬車を走らせた挙げ句に地表を焼き、ゼウスに撃ち殺されたパエトーンの故事を引いてテクノロジー的解釈を加えた作品があって、あるいは似た設定かもしれないと思ったものの、はっきりした所は分からない。

 あるいは用意されているかもしれない次回作で、ドーム都市の中とか宇宙を進む世代宇宙船の中といった世界観を説明する背景が明かされるのかもしれないし、されないのかもしれない。そもそも次回作がないのかもしれないが、とりあえずの結末でサブロウ以上に損な役回りを押しつけられる羽目となったランコの救済があってしかるべきだという想い、そしてやっぱり世界の謎に迫りたいという願いを満たしてもらうために、次回作は書かれるべきだというのが読者の抱く率直な気持ちだろう。

 なにより「128式」よりさらに古い「64式」をスクラップにさせまいと抱え込んでは、普段の仕事以上に一所懸命整備に勤しむ整備士で、機械大好きな暴れん坊の小さいけれどもグラマラスな美少女、つまりは表紙や口絵で1番目立ってるナツという娘の爆裂ぶり暴走ぶりが楽しく、その暴れん坊っぷりをもっともっと読んでみたい気がして仕方がない。イラストの大野しろーもそう思ったからこそ、表紙でも口絵でもあらゆるイラストでもメインに起用したに違いない。たぶん。

 落ちこぼれに見えながらもその実それなりな才能を持った人たちが、頑張ってよからぬことを企む輩をやっつける痛快さでいっぱいの物語の中に、機械を愛する想いやら仲間を思う友愛といった人間の心を描く展開や良し。お盆状の世界の上を太陽を乗せて空を走る機関車というガジェットに、公団の非効率性への批判といった社会風刺の要素なども入り交じり、SFとしての世界設定の奥深さを醸し出している。

 何よりキャラクターたちの生き生きとした言動が素晴らしい。破れる恋あり深まる謎あり打ち砕かれる陰謀あり、そしてカタルシスたっぷりのエンディングありの良質なエンターテインメントの登場を、まずは心から歓迎しよう。そして続編の登場を心より願おう。出来れば今度こそ本当にナツを主役にして。


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