気象精霊記
正しい台風の起こし方

 「お天気」を生涯の仕事にしたかもしれないきっかけが、これまでの人生に2度ほどあった。最初は小学校6年生の時。市の教育委員会が夏休みの課外授業として企画した「星を見て天気図を書こう」コース(本当は違う名前なんだけど覚えてない。なにせ20年も昔のことなので)に参加したことがあった。

 それから高校生に入学した時。直前まで放映されていたカール・セーガンの「コスモス」を見て宇宙熱に取り憑かれ、入学した先の高校にあった「地学部」に入部した。そこでは天体観測だけではなく、化石堀りや気象観測なども行われていて、女子が1人もいないことを除けば、あちらこちらに出かけたり、夜まで学校に残ったりという、結構面白そうな部活が出来そうだった。

 しかし小学生の時は、出来上がった天気図のあまりの醜さ(等圧線を引くのってムズカシイんだよー)に愕然とし、高校生の時は、入部していきなり手伝わされた百葉箱作りに嫌気が差して登部拒否。埋めがたい技術への絶望感、癒しがたい大工仕事への忌避感が眼前に立ちはだかって進路を妨げ、結局「お天気」を生涯の仕事にすることはなかった。

 それでも「気象予報士」なる人気商売が登場し、テレビにラジオに大活躍する様を見ていると、「お天気」の仕事に昔の情熱が少しだけ戻って来る。およそ人の力の膨大なパワーを秘めた「お天気」でも、あらゆるデータを積み重ねて推理することによって、この次どうなるかくらいは予想できるんだという、「お天気」の仕事が楽しそうだと思えて来る。もっとも清水文化が「正しい台風の起こし方」(富士見ファンタジア文庫、580円)で書いたように、「お天気」を背後で動かす「気象精霊」たちが本当に存在してるのだとすれば、ここでいう推理する楽しみなんて、とたんに徒労へと変わるんだけどね。

 人間が生まれるはるか昔から、地上世界では天候を操る「気象精霊」たちが、雨を降らせ風を吹かせて地上世界に変化を与え、生命に優しい環境を作りだそうと腐心していた。その日も風使いのミリィと参謀のユメミの2人の気象精霊が、別の気象精霊が起こした集中豪雨による災害を防止するために、日本上空で持てる技能の限りを尽くして頑張っていた。

 集中豪雨を起こした上級精霊のキャサリンは、自由に天候を操作する権限を持った大精霊。けれども「災害オタク」を呼ばれるように、ときどき大災害を起こしてはよけいな命を奪ったと、万魔殿から突き上げを喰らう原因にもなっていた。隠れて出てこないキャサリンを誘い出すために、ミリィとユメミは日本上空で宴会を開いてどんちゃん騒ぎを繰り広げる。酒を飲むのが人間にとっての食事といっしょという精霊だけあって、キャサリンもちゃっかり宴会に現れ、待ち受けていたミリィたちと対決した。

 「迎撃の二・〇×一〇の一五乗ジュール!」「反撃の二・九×一〇の一八乗ジュール!!」などといったばかばかしくも気象精霊にお似合いのかけ声とともに、ミリィとキャサリンは霊光弾を放って力と技を競い合う。その場は機転を効かせたユメミによってキャサリンは取り押さえられ、全霊力を発揮したユメミの乾燥術によって集中豪雨も収まったが、変わりに日本列島は大旱魃の見舞われることになった。

 それからしばらくして、ミリィとユメミの二人組は台風を起こすように命じられ、太平洋乗へとやって来た。しかし、ちょっぴり抜けたところのあるユメミがとんでもない力を使ってしまい、直径数100キロという超巨大台風を作り出してしまった。失敗をフォローして被害を最小限に止めようと頑張る2人の前に、前のおかえしとばかりに現れては邪魔をし始めたキャサリン。未曾有の災害に見舞われる日本の上で、美少女精霊たちの激しくもおかしいバトルが繰り広げられることになった。

 ミニスカートの巫女さんといった格好のミリィに、ナイスなバディをインディアン風の皮の衣裳で包み、けれどもちょっぴりボケたところのあるユメミ。キャサリンさんは青いローブを纏った貴公子然とした美少女で、上司にあたるイツミさんは実年霊は3500歳、けれども形態年齢は12、3歳のまだあどけない少女と、いかにもヤングアダルトといったキャラクター造形に、男だったらまずは一声、「良し」と叫んでみたくなる。

 そんな可憐な美少女たちが、小難しい気象用語を駆使して集中豪雨や竜巻や台風や大旱魃を引き起こし、暇さえあれば酒盛り宴会を繰り返し、地上で慌てる人間たちのことなどカケラほどしか気にとめず、「怒髪天の七・九×一〇の一六乗ジュールぅ」なんてかけ声をかけて霊光弾をぶつけあう大仰でばかばかしい展開に、やっぱりヤングアダルトならではのパワーを感じ、そのままぐいっ、ぐぐぐいっと話に引きずり込まれてしまう。

 キャラクターの可愛さに、イラストの七瀬葵の力量がおおいに貢献していることは間違いのない事実だが、気丈なミリィに天然ボケなユメミのコンビと、近親憎悪からついついミリィにイジワルをしてしまうキャサリン、ちょこねんとして超然としたイツミといったキャラクターたちを創造したのが、著者の清水文化自身だということも、やはり間違いのない事実だろう。

 ど派手な気象合戦と霊光波合戦ばかりが目について、ピンチの後の大逆転とか、しんみりさせる場面といったメリハリにやや欠けるストーリーが、気にならないでもなかったが、そこはこれがデビュー作という清水文化。独特の文体とノリノリのキャラクターたち、そして奇想天外な設定の上にストーリーが加わった時、発揮されるパワーはまさしく「空前絶後の八・九×一〇の一九乗ジュール!!!」となって全世界を熱狂の渦へと叩き込む、ハズだよね?


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