Iron Ball Princess Emily
修道女エミリー 鉄球姫エミリー第二幕

 ハッピーエンドでは終わらない。終わらせてくれない。

 もしもハッピーエンドで終わって良いのだったら、少ない手勢で田舎に引きこもった時点で終わっていた。だが、八薙玉造の「鉄球姫エミリー」(集英社スーパーダッシュ文庫、667円)でラゲーネン王国の第1王女として生まれたエミリー・ガストン・ラングリッジは、王位を継いだ弟ガスパールに道を譲って隠遁生活に入っても、病弱のガスパールにエミリーが取って代わることを恐れる勢力によって狙われ、襲われてほとんどの仲間を失った。

 誰もがうらやむ美貌を持ち、メイドを相手に卑猥な口を叩くという上品さと下品さが混在した存在感が目立った前半から一転。苛烈な死闘が繰り広げられて、見方も敵も屍となって転がった死んだ「鉄球姫エミリー」のエンディング。生き延びた幸いを思い、失った仲間を弔うため、修道院へとこもりいっそうの隠遁を自らに課すことで弟王を担ぐ勢力にも納得を得ようとした。

 だが、その瞬間もエミリーは決して安心はせず、ひたすらに“その日”に備えていた。第2巻となる「修道女エミリー」(集英社スーパーダッシュ文庫、619円)は、そんな修道院でのエミリーの日々を描く物語。安定しているものの回復には向かわない弟、ガスパール王の体調から、もしものことがあったらエミリー姫を後継に担ぎ上げようとする勢力が現れ、自分たちは排除されると考えノーフォーク公爵家の当主ジョゼフは、前に亡霊騎士を放った時と同様に、エミリーを排除しようと画策を始める。

 もっとも表向きにはエミリー姫を尊び保護するという名目で、一家の三男坊、グレン・ジョゼフ・ノーフォークをエミリーの暮らす修道院へと派遣する。圧倒的な力を誇りながらも遠距離攻撃によって敗れ、討ち死にしたエミリーの重臣にして重騎士のマティアスから教えを受けたというグレンは、父の命令を達成したいという思いと、マティアスから聞かされた理想的な姫君を護衛する栄誉に喜び、エミリー姫をたずねてていく。

 ところが、そこにいたのは込められた力によって人間を覆い、とてつもない力を発揮させる大甲冑をまとった目つきの鋭い少女。暴力的で下品な言葉をまき散らし、仲間を殺した“敵”の一派であるグレンを追い返そうとするエミリー姫だった。

 その姿に幻滅し、あるいは憤って退散するかと思いきや、マティアスの教えに忠実で職務にも真面目なグレンは、父が陰謀を画策しているなどとはつゆ知らず、修道院に止まりエミリーの護衛になる責務を果たそうとする。怒るエミリーに討ち果倒されても退かず、止まりエミリーに認められようと踏ん張るが、そこに黒い雲が立ちこめる。

 どういう理由からか日に日に落ちるエミリーの体調。マティアスのような手練れも倒した亡霊騎士の足音。エミリーにすらかなわない相手に自分では歯が立たないと最初は逃げ腰になるグレンだったが、そこでマティアスは父の期待に答えるとか、憧れに近づくといった上っ面の理由ではない、自分自身の本当の思いに気づいてひとつの道を選択する。

 美女の頭蓋骨が踏み砕かれ、愛し合い生きると願った恋人たちは冷たくなって地中に埋まる陰惨な戦いの終わった後には、たった2人しか残っていなかった苛烈な前巻に比べると、自分を結果として傷つけようとした者すら赦すエミリーの態度もあって、全体に血の気が少なくなっている。逆に言えば、前巻の残酷さに引いた人でも、敵も味方も失いたくないグレンのこだわりから、世界にはまだまだ救いがあるんだと思い安心できるだろう。

 修道院に入っても襲撃に備え甲冑を脱がず、たったひとり残った装甲侍女のセリーナと昼夜を交替して見張り、警戒するエミリーの決して安心して眠ることのできない日々を思うと胸が痛む。当人は姉を慕ている弟王を癒しつつ、その裏でエミリーを狙い続ける勢力の心根の暗さに激情も浮かぶ。

 けれどもそれが政治。それが権力。今は落ち着いたかに見えたグレンとエミリーの暮らしにも、いつまた嵐が吹き荒れるか分からない。それを退けるのはエミリーの耐えぬ警戒心と飽くなき憎悪か、それともグレンのすべてを慈しみ誰をも守ろうとする博愛か。いずれ出るだろう答えを見極め、そして混沌に満ちた世界の行く末をそこにうかがおう。


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