焦焔の街の英雄少女

 少女は戦い、そして少年はただ見守るだけというのが、美少女ヒロインの少なくないライトノベルのひとつの形式。もっとも、パターンが生まれればそこから逸脱するのもライトノベルならではの自在さだし、実際に少女だけを戦わせて気楽な少年などそうはいない。心に何かしら痛みを覚え、惑い悩んで自分の不甲斐なさを責め立てているものだ。

 そんな、ただ少女にすがっているだけではない姿を見せてくれる少年が登場する物語が、「鉄球姫エミリー」の八薙玉造による「焦焔の街の英雄少女」(MF文庫J、580円)。読み終えた時に男子としては、しっかりと自意識を持って活動している姿に納得し、女子だったら頼られ縋られだけではない対等の関係を、男子が求めていることに安心感を覚えるだろう。

 どこか異世界より現れ、世界を攻撃し始めた剋獣という怪物たちがいた。とりわけ五帝と呼ばれる存在は、強靱な力をふるって世界各地を崩壊させ、人類を破滅へと追いやろうとしてた。自衛隊でも軍隊でもかなわない剋獣。それを倒す力を持った剣を扱う能力を持った剣皇と呼ばれる存在が、人類の中に幾人か誕生したことで、世界は滅亡から救われる。

 剣皇と呼ばれる、そんな救世主のうちのひとりが紅地杏という少女だった。焔を扱う烈火の剣皇として活躍し、五帝のひとつを倒して首都圏を剋獣の脅威からひとまず救い、その後の攻撃も退け英雄として人々から喝采を浴びる。品川に剋獣が現れた時も、颯爽と登場しては味方を救い、敵を鎮めてカメラに向かって大見得を切る。もっとも。

 そんな紅地杏の本性はメンタルが豆腐な少女。テレビに向かってドヤ顔で喋ったことも実は恥ずかしかったりするし、凶暴な剋獣を相手に戦ったのも実は恐怖心に駆られながらのこと。その意味ではおよそヒロインらしくない。外に向かっては強いヒロインであることをアピールするけれど、自分に対してはどこか違和感を覚えていて、救世主と喧伝されることに戸惑いを覚えていた。

 それこそ幼なじみの少年、黄塚光義にはそうした不安を明かしいてて、普段から彼の部屋に入りこんでは愚痴をこぼし、泣き言を吐き出して心のバランスをとっている。それでも、いざ事あれば出向いていって、剋獣を相手に傷つきながら剣を振るう紅地杏。自分に与えられた使命をまっとううし、そして黄塚光義を守ることだけを心の拠り所にして、勇気を沸き立たせて戦いの場に赴いていた。

 そんな紅地杏の姿に、心を痛めていたのが守られている当人の黄塚光義。彼女が剣皇などという立場になってしまった理由の一端に、自分を守ろうとしたことがあって、責任を覚えて悩んでいた。なおかつ幼なじみという立場。恐怖に怯え痛みにうめきながらも戦う彼女への後悔とも、慚愧とも言えそうな気持ちを抱きながら、黄塚光義は紅地杏の行き場のない迷いや悩みを受け止めてあげることだけが、自分に出来ることだと思っていた。

 けれども、災厄は色濃さを増す。前とは異なる五帝のひとつが出現したことで、これまで紅地杏の活躍で無事だった首都圏が崩壊の危機に見舞われる。紅地杏自身も瀬戸際まで追いつめられる。そこで起こった奇跡とも、あるいは災厄とも言えそうな出来事。その果てに起こったひとつの事件が、豆腐メンタルの英雄と優しい隣人との関係を大きく変えようとする。

 英雄なのに心がいつも折れそうな少女という、紅地杏のキャラクターのいじらしさと可愛らしさを存分に味わっていたら、とんでもない事態が起こってこれからどうなってしまうのか、そんな興味で引きつけるラストシーン。関西を崩壊させた五帝のひとつも含めて残る凶悪な敵を相手にした戦いが始まり、新たな剣皇も得て話はさらにスケールを増していきそうだ。

 剋獣を倒す仲間たち、という単純な関係ではなさそうな剣皇たち、あるいはその力の源泉となっている皇剣の正体も含めて、これからが気になるシリーズ。しっかりと続いて完結の時を見せてくれると嬉しい。それがどれだけの波乱を含んでいても。その先にある紅地杏と黄塚光義の平穏を願って読み続ける。


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