Quo Vadis
翠天回帰


 逃げられないから運命って言うんだろうけど、それが例えば明日にでも死んでしまう運命だったら誰だって嫌だと逃げ出すだろう。逆に世界を救ってついでに美人もゲットできる運命だったら、少々の命の危険も関係なしに喜んで身を委ねるだろう。当たり前のことだよね。

 「ファンタジーの森」シリーズの最新刊で過去に数作の著書を持つ大野香織子の最新刊「翠天回帰」(船戸明里絵、プランニングハウス、上下各840円)は、そんな運命と対峙し逆らおうとしつつも結局向かい合い受け入れた少年の物語。それが悲惨さに彩られたものだったか、輝きに溢れたものだったかを考えるのは後にして、とりあえずは物語のあらましを見て行こう。

 時は未来かそれとも過去か。地表は兎族と呼ばれるいわゆる普通の人間と、尻尾なり羽根ちった動物の特徴をどこかに持ち合わせた亜族と、烏族の遺産を受け継ぎ思念によって空を飛び回る「フライヤー」を操る能力を持った高地人がそれぞれの住処で暮らしている。そして荒野に棲む悪魔のような圻族が蠢いている。

 主人公は金烏市と呼ばれるシールドに覆われた兎族の都市で市長を務めるサリュインの息子・リュシオン。けれども暮らしているのは叔父にあたるアメイダが市長を務める南征都市。というのもリュシオンは亜族の血を引く母親が父親に疎まれつつ死んだ恨みもあって、亜族を尊重する父親の政策に反発して、亜族を目の敵にしてついには殺してしまう犯罪を金烏都市で犯してしまって所払いになっていた。

 半分は軟禁にも等しい暮らしに辟易としていたリュシオンのところに、ある日フライヤーを操って南征都市に高地人が1人やって来たとの噂が伝わる。ちょっとした財産に等しいフライヤーでも奪って金でも稼ぐかってな邪(よこしま)な気持ちを抱いたリュシオンだったが、家に帰って自宅で見かけた少年ではなく少女だった高地人・フレインと巡り会い、叔父を出し抜きフレインを連れてフレインの祖父の元から奪われた、世界を護っているという人形を取り戻しに行く旅に同行を申し出る。

 意外やリュシオンより年上だったフレインはリュシオンを義弟と認め、共にフライヤーを駆って都市を出る。襲って来る圻族の襲撃をかわしたものの亜人の邑に迷い込み、そこで長老から運命を司る「星」が現れたことを告げられる。リュシオンかフレインか、どちらかが兎族や烏族の運命を握る「星」であったと知り、ならば殺害された祖父の死は自分のせいと悩むフレインは、リュシオンを起き独り人形の行方を追って金烏都市へと向かう。

 置いてきぼりをくったリュシオンだったが、すでにフレインとの邂逅を運命と悟り後をおって亜人の邑を出て慣れないフライヤーを駆って金烏都市へと急ぐ。途中襲って来た圻族との戦いの中で己が本質を甦らせ、たどり着いた金烏都市で父親からフレインの誕生の秘密を聞き、自らが生まれながらに背負わされていた運命を知る。それは……

 最初は森岡浩之の「星界の紋章」にも似た人間と異種族との立場や身分を超えたラブラブストーリーかと思っていたら、フレインとリュシオンの持って生まれた運命が明らかになって来るに従って、稀有壮大な世界観が浮かび上がって目を見張らされる。それでいて世界の単なる説明に終わらせず、美麗なイラストに立ちまくったキャラによる、いわゆるエンターテインメントに徹してくれていて最後まで飽きさせない。

 活躍の度合いからすれば世界の運命をも左右しても不思議のない力を持っていると思われたフレインが、案外にミクロな”神様”だったあたりに肩すかしを喰らった感じもしたけれど、それでもリュシオンにとってフレインはまさしく「星」だった訳で、その意味での存在感は十分に備えていると納得しよう。悔しいけど。

 結論を見れば事件の端緒から結果までをも含めて、リュシオンとフレインの運命に振り回された物語。でもってそこに織りあげられた運命は、ちょっぴりお転婆で武術の達人で背はちんちくりん、だけど底抜けに可愛い女の子をゲットできるというシアワセに溢れたものだった訳。逃げ出すどころか追いかけてでも奪ってでも手に入れたいけど、これは2人の運命だ。仕方なくボクたちは、嫉妬心を燃やしつつ同じくらいにシアワセな運命が振って来る日を思って今日も空を見上げてます。


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