STRIPE the PANZER
ストライブ・ザ・パンツァー

 為三の「ストライプ・ザ・パンツァー」(MF文庫J、580円)という小説について語る時、その極めて異色で異常な設定を全部明かして、語る言葉へのつかみとしたい気に誰もが駆られる。それを書けば多くの衆目を集められるし、小説が放つ面白さも説明しやすい。

 けれども、背面に記載された本のあらすじで、そうした設定が明かされていない以上、そして、帯には「純情美少女と心優しい宇宙生命体のハートフルピュアコメディ登場」としか書かれてない以上、中身について触れず読んだ人がページを開いて読み進めて、その設定の奇矯さに驚き、そして繰り出される数々のシチュエーションに、呆れ慌てて脱力することも含めて、この小説の楽しみ方だと認めるべきだ。

 だから、ここではどういう設定の小説で、それがどれくらい奇矯で異常で変態なのかは明かさない。タイトルから想像することは存分に可能かもしれないけれど、決して「パンツアー・フォー!」と叫んで戦車が吶喊する話ではないことだけは断言しておく。では何だ? だからそれは読んでのお楽しみということで。

 まず冒頭で、姫川響子という名の少女が交通事故に遭って、瀕死になっていたところをストライプという名前らしい宇宙生命体が身を寄り添い、エネルギーを注いで響子の命を助ける。ある種の「ウルトラマン」的なストーリー。そして、ストライプと共生、あるいは合体する形となった響子は、宇宙から来た謎の存在が引き起こす事件に挑みつつ、一方で消えてしまった義理の兄、礼二を捜そうと懸命になる。

 義理とはいえ兄妹という一線すら越え、惚れ込んでいたくらいに好きだった兄。その彼が行方不明になってしまった一件と、宇宙生命体の登場が重なって、ひとつのポイントに辿り着いた時に少女が示したひとつの態度は、好きだということとと恥ずかしいということは、なかなか両立しないという厳然とした事実を指し示す。

 そりゃあねえ。そうだよねえ。なおかつそれがそうなっていた訳だしねえ。少し曖昧に過ぎる表現だけれど、これも読んでもらえば分かるということで。そのビジュアルを想像すると吹き出すこと確実。なおかつそうしたイラストが挟まっているから、飲食中にページを繰ることは避けるべきだと言っておく。

 ストライプがパンツアーしている主人公格の宇宙生命体ストライプとは別に、ピラミッドが2つ連なった形状で、頭上にかざせばネコミミのように見えたりもする宇宙生命体も登場するところに、宇宙というものが持つ可能性の広さを教えられる。それが本来の位置にあったら、いったいどれだけのパワーを生み出したのか。想像したくなるけれども違う位置でもあれだけのパワーを発揮するところを見るにつけ、ストライプよりも凄腕の宇宙人なのかもしれない。

 とはいえ、響子に寄生したストライプが、繊維質のその身を極限まで伸ばしてから、一気に縮めることによってとてつもないエネルギーを生みだし、それを響子にチャージして戦わせるという展開からは、本来の位置にあってこそ発揮されるパワーというものがあることも見えてくる。文章で読むほどに、そのシーンでキャラクターはいったいどんな動きをするのか、想像してワクワクしてくる。

 願うなら「ストライプ・ザ・パンツァー」がテレビなり映画としてアニメーション化されて、そういう場面がどう描かれるのかを観たいものだけれど、響子だから耐えられるシーンが別の誰か、直前にストライフを扱っていた者だったらと思うと少し臆してしまう。引っ張れば浮き上がるもっこり。それは何? だから読んでの以下略。

 さらに言うならストライプが、その全身を量子化させて響子を包み込んだ時に浮かぶひとつのビジュアルは、おそらくアニメーションとしてテレビで放送することは能わないだろう。それくらの凄まじさを持つ作品だからこそ、小説で読む価値はあるのかもしれない。

 とはいえテレビでは、意識を持った制服が少女にまとわれ血を吸い力を発揮するという設定のアニメーションが放送されて大人気になっていたりする。それを上回るビジュアルショック、展開の驚嘆を招くことが確実なこの作品を放っておくのは正しいのか。間違っているのか。

 検討が必要だ。


積ん読パラダイスへ戻る