STORMBREAKER
女王陛下の少年スパイ!アレックス
ストームブレイカー

 「スパイキッズ」とかいう映画が最近あって、予告編を見るとスパイのキッズが足の下からジェットの炎を吹き上げ空を自在に滑空していたりして、子供とはいえ数10キログラムはある体を持ち上げるにはどれだけの力が必要で、それにはどれだけのエネルギーがいるんだろう、なんて無粋ことを思ったりもしたけれど、それはそれとしてスパイが使う秘密兵器というのはやっぱり、ジェームズ・ボンドの時代から子供たちの気持ちに強くアピールするものがあある

 いくらなんでもジェットシューズは無理としても、ほんのちょっとだけ、非日常的なものをカンジさせてくれるグッズに子供は興味を抱き憧れるもので、昔だったら水に溶ける紙程度のものだって、立派にひとつのスパイグッズとして子供たちの心をワクワク・ドキドキさせてくれた。今ではさすがに水に溶ける紙では他愛なさ過ぎて、ワクワク・ドキドキ感も薄くなっただろうけれど、これが例えば丸めてポケットに入れられるラップトップコンピュータぐらいだったら、子供どころか大人までもが胸躍らせるのではないだろうか。

 スパイグッズに憧れるなら、それを駆使して戦うスパイに憧れるのもまた道理。おまけにそれが自分たちとさほど歳の違わない少年だったら、もう熱烈に歓迎しないでいられるはずがない。そういった理由かでアンソニー・ホロヴィッッツの「女王陛下の少年スパイ!アレックス・ライダー・シリーズ」は、世界十二カ国以上のティーンが熱狂して読む人気シリーズになっているし、今また第一作目として本邦でも翻訳されて刊行されたストームブレイカー」(竜村風也訳、集英社、1600円)が、同じように少年たちの間で大ブームになる可能性は極めて高い。中身もそんな中身なら、カバーもイラストも「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦の手になるもの。描かれた少年スパイ、アレックス・ライダーの美しくも妖しげなその姿に、少女たちだって心惹かれることだろう。

 ある日突然、育ての親だった叔父が交通事故で死んでしまった14歳のアレックス・ライダー。銀行勤めだったという同僚たちの話と風体に怪しげなものを感じた彼は、叔父の職場へと忍び込み、叔父が実はMI6の特殊工作員だったこということを突き止める。もっともそこはMI6だけあって、叔父の仇を討ちたち気持ちに加えて都会でひとり、14歳の身で生活していかなくてはならないアレックスの弱みにつけ込んで、彼を叔父の後任としてMI6にスカウトしてしまう。

 かくして誕生した”史上最年少”かもしれない少年スパイ、アレックス・ライダーは、持ち前の明晰な頭脳と14歳にしては頑健な肉体を駆使し、特殊部隊の精鋭たちが集まった地獄の訓練も無事に乗り越え(でも一応は子供だからって配慮されてる)、首相と子供の頃に同級生だったというコンピューター王が、国民全部に最新鋭のパソコンを贈ろうとする善意の裏側に見え隠れする陰謀の壊滅に挑むことになった。

 14歳ではさすがにボンドガールを相手に夜のスパイ合戦とはいかないけれど、Qならぬスミサーズという開発者の手になる秘密兵器はちゃんと登場して、ギミック大好きな子供心に訴えかける。14歳ではさすがに武器の類は持たせてもらえず、用意されていたのはヨーヨーと、携帯ゲーム機と、美肌用クリームだけ。とはいえそれぞれにさすがはMI6といった仕掛けが施されていて、アレックスがコンピュータ王との戦ってピンチに陥った時に、どれもがちゃんとカッコよく機能を発揮して、こんなものがあったら楽しいだろうなと子供心を羨ましがらせる。

 特殊部隊との訓練で大人たちからバカにされても自分を曲げず大人にへつらわない強さを見せるアレックス。コンピュータ王のアジトにしのび込んで度々のピンチに陥っても機転をきかせ秘密兵器を駆使し体術その他も発揮して難局を乗り切るアレックス。コンピュータ王の陰謀が今まさに発動されようとしている場面にさっそうと乗り込んでは陰謀を打ち破るアレックスの谷も山もあるけどそれを乗り越え、前を向いて突き進む姿に惹かれる子供たちも多いだろう。ギミックと、キャラクターとストーリーのすべてが子供のツボを付き、子供だった大人のツボも付きまくってページを来る手を休ませない。

 14歳にしては割に世の中を達観していて暑苦しく正義感を振りかざす訳でもなく、どちらかといえば「やれやれ」といった感じにてらいも見せながら、それでも世界の危機には立ち向かおうとするスタンスも、情報過多の中でマセて大人びて来ている今時の子供たちの気持ちににフィットしているのかもしれない。難があると言えばあまりにマセ過ぎた日本の子供たちにとって、援助交際もすれば凶悪な犯罪も冒す14歳ではもはやアレックス程度ではアイドルになり得ない可能性があることだけど、だとしたらなおのことアレックスのクールな正義感に格好良さを見て、真似するようになってくっれば有り難い。

 それにしても荒木飛呂彦描くところのアレックス・ライダー、モヒカンに近いツンツンスタイルの髪にも日本の学ランのような細身の衣装にもサングラスにも、ユニオンジャックの模様が配されたパンク野郎になっているのはいささか行き過ぎのような気もしないでもない。こんな格好で歩いていたら誰だって注目するだろう。衣装なんて袖口に「ALEX」と名前まで入ってる。自分の名前を喧伝して歩くスパイなんている筈がないけれど、そこは鶏冠頭で靴に子供の名前を靴に刺繍して悦にいる世紀のフットボールプレーヤーが大人気となっている国。逆にここまでやった方が目立たないくらい、英国ではファッションが過激化しているのかもしれない。


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