STEINS;GATE−シュタインズ・ゲート− 円環連鎖のウロボロス

 遊んでいる時間もなく、持ってはいるけれど果たして動くのかが判然としないマイクロソフトの家庭用ゲーム機「Xbox360」対応だったということもあって、存在は関知しながらも、スルーしていた5pbとニトロプラスによるコンピューターゲーム「Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)」。

 ところが、2011年4月から放送が始まったテレビアニメーション版「シュタインズ・ゲート」を見て、牧瀬紅莉栖ことクリスティーナのツンとした口振や、若さから来る物腰の可愛らしさ、漆原ルカのあれ本当に付いてるのかという驚きなどから、どういったキャラクターなのかと知りたくなったものの、ゲームに手を染めている時間はない。

 それならと、海羽超史郎が書いた小説版の「STEINS;GATE−シュタインズ・ゲート 円環世界のウロボロス」(富士見書房、第1巻・780円、第2巻・980円)を読みはじめたら、これがなかなかに面白く、とてつもなく分厚い第1巻とさらに恐ろしく分厚い第2巻が、一気に読了へと追い込まれた。

 かつて「天剣王器」「ラスト・ビジョン」という2作を電撃文庫で刊行しながら、執筆が途絶えその存在が幻となりかかっていた海羽超史郎による、本当に久々の小説作品。そのことへの興味や、牧瀬紅莉栖や漆原ルカといったキャラクターへの興味が先走っている状況で読み始めたはずの作品が、物理的な用語満載の展開を追いかけ、どういう風になっているのかという理屈をかみしめながら、果たしてそれからどう影響し、そのどうしようもない状況をどうやってどうにかするのだといった、物語自体の面白さを追い求める、心底からのエンターテインメント作品として身に入ってきた。

 2011年の8月14日の一般公開を最後に、立て替えのために閉館された「秋葉原ラジオ会館」にやって来たのは大学生で未来ガジェット研究所なる個人組織を率いる岡部倫太郎。ラジオ会館にある会議室で開かれることになていた、胡散臭い学者による怪しげなタイムマシン発明の発表を聞こうとしていたが、そこにアメリカから一時的に帰国した、まだ若いながらも物理の高度な研究論文が学術雑誌に掲載された、牧瀬紅莉栖という少女と出会う。

 正真正銘天才の彼女にも臆さず、堂々と渡り合おうとする自称天才の岡部倫太郎、またの名を鳳凰院凶真だったが、その直後、倫太郎はラジオ会館の通路で、血だまりの中に倒れている牧瀬紅莉栖を発見する。何が起こった。驚きと共に携帯電話のメールでいっしょに研究をしているダルという男に、そのことを報告するメールを打つ。そして。

 シュタインズゲートへと到達するための岡部倫太郎の、鳳凰院凶真の短くて長い戦いが始まる。

 牧瀬紅莉栖との何事もなかったかのような再会。未来ガジェット研究所が送り出すどうしようもない発明品を使っての頓狂な実験。部活のような、合宿のような楽しげな日常が繰り返されていたその刹那、惨劇が襲ってて岡部倫太郎や牧瀬紅莉栖や椎名まゆり、ダルこと橋田至らを恐怖と衝撃の渦中へと叩き込む。

 タイムマシンの発明。それがもたらした世界の激変。失われる大切な命。そして大勢の死。変えられるものなら変えたい、むしろ変えるべきだと岡部倫太郎は実験を繰り返す。けれども、いくらやっても世界線を大きく超えて、誰もが平常へと戻れる世界が来ないいう、まるで悪夢を見せられているような畳み掛けが繰り出されて、いったいこれからどうなるんだ、どこに行ってしまうのだとドキドキさせられる。

 もうどうなってもいい。そう諦め、しおれれかかっていた刹那。岡部倫太郎こと鳳凰院凶真が気づいたひとつの壁を突破する方法が、次の別の壁を示して彼をさらに懊悩させる。その選択を前にして、自分だったらどちらを選ぶのか。もちろん、漆原ルカが本当は女の子だった世界を選ぶに決まってるじゃないか、というのは岡部倫太郎の大きな選択には入っていっていないけれど、個人的にはちょっと選んでみたい選択肢かもしれない。

 あれは男の子だから良いという心理も働きつつ、かといってそれのみというののも味気ないと考える。いっそ元は男の子だったけれども、ふとしたはずみで女の子に変ってしまって、それを当人は喜びつつ悩みつつ、誰かに気付かれるんじゃないかと悶悶としていることを、岡部倫太郎は知っていて、声をかけて安心しろと諭すとも、分かっているぞと脅すともしないで眺めているという、倒錯的なシチュエーション、というのも悪くはないか。

 脱線した。問題となっている択一で、どちらを選ぶのか迫られた時、自分だったら後者かも、いや前者だろうと迷いそうな場面で、岡部倫太郎が「当然だ! どちらもだ!」と虚勢でもいいから強さを見せて、仲間たちを鼓舞するのかと思い来や、どちらかしか選べないと思い込んでしまうところは、やっぱりただの人間だったんだと、少しだけホッとする。万能で全脳なんて物語の中だけの存在だから。

 それでもそこは、物語世界で主役を与えられた男子だった岡部倫太郎。降って湧いた天祐を、ここぞとばかりに利用して、択一の壁をぶち破るのみならず、世界に与えられた壁すらもぶち破って見せる。まとっていた鎧をいったんはすべて捨て去り、ギリギリまで自分をさらけ出してみせてなお、心に残っていた強い思いを本当の力に変え、新たな、そして本当の鎧として再びみにまとい、立ち上がる姿はやっぱり見ていて惚れ惚れする。

 この小説版を読み、ストーリーが全部分かってしまった人が、テレビアニメの方に移るとしたら、岡部倫太郎の迷い何度も繰り返し、幾つもの思いを犠牲にし、諦めかけてそれでも立ち上がる姿に感嘆し、誰もが幸せになれる道があるのかを確かめる姿を、その切なさと歓喜と、虚ろさと強さが入り混じった、宮野真守の絶妙の演技とともに、見ていけるだろう。

 ゲーム原作でなかったら、SFの小説で賞の候補に挙げられ大評判になっても不思議はなさそうな奥深さ。相当に複雑で難解な作品を読み解き、小説の方に描いて破綻させず、最後まで読ませてしまった海羽超史郎の力量に、改めて敬服させられる。「ラスト・ビジョン」からしばらく音沙汰が無かったけれど、時系列を錯綜させ、科学的物理的解釈を論じて読者を仰天させたあの才気が、時を経てなお一層の充実を見せていた。この勢いで、本格的なSFにもいって欲しいもの。是非に。


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