スパイシー・カフェガール

 格好良いなあ。面白いなあ。でもって美味そうだなあ。

 その昔、北条司の「エンジェル・ハート」や原哲夫「蒼天の拳」が連載されている「週刊コミックバンチ」で、何話か連載されてていて、読んだ記憶も割に残ってた漫画があったけど、それが同じシリーズの他の短編も含めて1冊にまとまって、「スパイシー・カフェガール」(宙出版、1100円)として登場。せっかくの機会とまとめて読んだら、やっぱり格好良くって面白くって、何よりとっても美味そうだった。

 作者は深谷陽。絵柄にとにかく特徴があって、例えるなら寺田克也と福山庸治を混ぜ合わせたような濃さ、暑さを持っていながら、お話のテンポが良いのかキャラクターたちが軽やかなのか、ポップでライトな感じも漂っていて、そんな絵柄によって繰り広げられる、ハードボイルドに見えて結構コミカルなストーリーに誘われて、次へ次へとページをめくらされる。

 始まりは1軒のエスニック料理店。仕事をなくして立ち寄った小野哲也という名の青年が、出される料理の味に感動し、その店で働いていた韓国人のウェートレスにも魅せられて、調理場スタッフ募集の張り紙に応募する。すると現れたのが天辺だけを残した坊主頭の筋肉ムキムキな強面の男だった。

 店長だというその男に怯えつつも、店長の腕前に魅力を覚えて、彼の店で働き始めた哲也に次々と襲い掛かるちょっぴり怖くて、けれども愉快なエピソードが「スパイシーカフェガール」のメーンストーリー。そこで当然のようにキーパーソンとなるのが、料理の腕前と得体の知れないパワフルさを見せる店長だ。

 韓国人ウェートレスに持ち上がっていた事件が、料理の得意な店長の別の面によって知らないうちに解決していたりするから不思議というか痛快というか。アフガニスタンから連れて来られた少女をめぐって起こる、アフガニスタン側と米国側の綱引きみたいな事件の中でも、店長がこれまた凄腕の男たちも寄せ付けない強さを発揮して、事態を収拾してみせる。いったい彼は何者だ? そんな謎の男っぷりを発揮してくれていて、次に何をしでかすのかと読んでいて心わくわくさせられる。

 韓国人ウェートレスの次に雇われてきたエリーという娘も、これまた凄腕の男を殴り蹴り飛ばして気絶させるパワーの持ち主。店長ともどもどこか得体の知れない面々の間で、哲也が振り回されつつも料理にかける熱情を、保ち発揮してみせるところが読んでいて胸をすっとさせられる。料理の腕で強盗を改心させられなかった所を、悔やむシーンに胸打たれる。

 振り回された挙げ句、とりあえずは日本に残って哲也とエリーの手伝いを始めたアフガニスタン人の少女が、言葉を覚え頭の良いところを魅せながら働く姿の可愛さも極上のエッセンス。媚態にまみれた”萌え”少女なんて目じゃない可憐さを放っていて、いれば抱きしめて頬ずりしたい気にさせられる。背負った経験の過酷さが、作り物の媚態に囲まれた”萌え”少女たちを寄せ付けず逆にはじき飛ばす。

 そんな少女がおまけ的な短編の中で、アフガニスタンに帰らざるを得なくなったおとを知って、気丈に振る舞いつつも大粒の涙をこぼして悲しむ場面の切なさたるや。これが書き下ろしとして加わったために。単行本の「スパイシーカフェガール」は完全版になったというけれど、だとすると表向きはこれで完結ということで、帰国した少女の消息は分からないままとなってしまう。たった1人で帰ったアフガニスタンで少女はどうなってしまうのか。想像する程に不安が浮かぶ。可哀想に思えてくる。

 だから作者はここからさらに続けて、アフガニスタンに帰った少女が再び哲也やエリーやマスターたちと見え、ともに危険をかわしながらも美味しい料理を出して、来店する人たちを強盗も泥棒もスパイも一般人も含めて悦ばせるような物語を、作者の人には是非に紡いでいってもらいたい。たとえ今は無理でも、読めば必ずや誰もが続きはどうなっていくのか知りたいはず。ゆっくりであっても確実に広まって世間が物語の行方に注目するようになれば、あの恐怖を飲み込み屈託のない笑顔で働いていた少女に、再び見える日もきっと遠からず訪れることだろう。

 その時まで今は「スパイシー・カフェガール」をひたすらに繙き、物語のすべて、絵のすべてを、店長が作る料理のすべてを味わい尽くして待ち続けよう。そしてつぶやき続けよう。

 面白いぞ。格好良いぞ。美味しいぞ。


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