蒼天のサムライ 第一部 端琉島脱出戦

 もし飛行機と竜が戦えば、勝つのはどちらかという設問には既に、榊一郎が「蒼穹騎士 −ボーダー・フリークス−」(ハヤカワ文庫JA、780円)という小説で答えていて、音速を超えたジェット機が化けた竜を相手に、かつての同僚を追う男の戦いが描かれている。

 ここでの竜はつまり、人に挑む敵としての竜だったけれど、田代裕彦の「蒼天のサムライ 第一部 端琉島脱出戦」(オーバーラップ文庫、640円)に登場する竜は、人と戦う分けではない。人が乗り物のようにして竜を駆り、空に舞い上がっては、向かってくるプロペラ戦闘機を相手に戦いを繰り広げるというストーリー。「蒼穹騎士」とは裏と表の関係にあると言える。

 4つある将家、いわゆる「四天将」が皇家を盛り立てつつ半ば傀儡にして営まれている天津煌国には、他国が零戦とかメッサーシュミットみたな戦闘機を作り、パイロットを乗せて空戦を繰り広げている中で、生きて意識を持った竜をパートナーとして駆り、戦う竜士たちが存在していた。幼い頃から訓練を受けてきた竜洞マスミも、今は竜士となって前線にある端琉島に赴任していた。

 そこに奇襲をしかけて来たのが、敵国のグロース帝国。端琉島を守る軍の指揮官で、四天将の家の出身でマスミとは古くからの知り合いという竜部シンヤは、奇襲をくぐり抜けてマスミらとともに島を離れ、難を逃れる。けれども、島に残されたとある人物と、それから住民たちを救うことを決断し、逃げ延びた竜士や竜に似てはいても知性はない鳥竜を駆る竜騎兵たちを束ね、島を占領しているグロース帝国に反攻する。

 マスミの周囲には、四天将で竜部と競い合う関係にある狗部のお嬢さま、トモエがいて権威を笠に着て威張りちらし、マスミにいろいろとつっかかって来たりする。一方で、竜部シンヤの妹でマスミを幼い頃から恋慕うアユネという竜士の少女もいたりして、いろいろと華やかで賑やかな様相を見せる。

 そこはライトノベルだけあって、最初は威張りちらしていた狗部トモエも、マスミの腕前や自分の失敗に気づいて態度を改め、アユネとマスミを取り合うようなラブコメ的な展開があるのかと、つい想像したくなる。もっとも、そうした展開は展開はまるで皆無。国と国との駆け引きめいた策略が巡らされる渦中にマスミらは放り出され、その中で生き抜くため、そして大勢を救うために精一杯のことをする。悲劇すら飲み込んで。

 竜が強いといっても、戦闘機も性能を上げ、パイロットも腕を上げていて、空戦では圧倒できないようになっていく。物量では向こうの方が上で、だんだんと苦戦を強いられて来ているマスミたちが、それでも戦いに望み空戦を繰り広げる、心と技の物語を堪能できる。

 物語はただの怪物ではなく、人に優るとも劣らない知性を持った竜と、人との関係にも及ぶ。通例なら、心から結び付いた竜と人とは離れられない。にも関わらず、過去に竜を失った経験を持つマスミの特殊さが浮かんで来る。彼は何者なのか。それがあるいは、後の歴史に大きな影を落としているのかもしれない。

 というのも、すべてが終わった後から物語の時代を振り返った記述から、勇者で英雄なはずのマスミの名前が戦史から消されたり、国に逆らう裏切り者とされている。そして竜部シンヤのみが英雄として語られる。友情に厚いを思われた2人の間にいったい、何があったのかと興味が及ぶ。

 世界の有り様や歴史の大きな流れといったものがどう描かれ、そして場面場面では竜と対峙する自分の立ち位置に苦悩するマスミは、いったいどうなってしまうのかと。ひとまず難を逃れたマスミとシンヤ、そしてトモエの関係とか、そこに割ってはいる皇女様の将来を気にしながら、これからの展開を読んでいきたい。

 田代裕彦といえば、遠い昔に出た「平井骸惚此中ニ有リ」シリーズで、ライトノベルミステリの先駆けのようなストーリーを綴っていた。今はこうして戦記物を描いているけれど、その評判が大きく立って作家として注目された暁には、今のライトノベルミステリでなり軽ミステリが全盛の時代に、嚆矢ともいえる「平井骸骨此中ニ有リ」シリーズの復刊を願いたいものだ。


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