サウンドマスター
SoundMaster

 不器量なのに清い心の少女が出てきたら、その話はおそらく人情話になってしまって、たいへんに感動させてはもらえるだろうけれど、そんなにたくさん読みたいって気にはちょっとならない。反対に楚々とした美少女がその実お転婆だったりする話は、アクションとかコメディとかいった話に仕上がっているケースが多くって、読めば面白い気持ちを抱けるだろうという、9割に近い確信を抱いて何冊だって手に取れる。

 もっとも、楚々とした美少女がその実陰険だったり、性格がねじ曲がっていたり口を開けばディープな関西弁だったりしても多分、楽しんでしまえるだろうという気がしないでもない。つまりは性格なんてどうでもよくって、すべては器量の良し悪しにかかているんだろうと言われてしまえばグウの根も出ないけれど、お転婆はストライクでも高飛車はイヤという人もいないでもないから、ここはとりあえず「顔と性格のギャップがあるところにドラマは生まれる」ということにしておこう。

 ピアノの得意な美少女の妹と、音楽家の両親がまるで登場しないまま、謎の青年とロボットめいた大男によって惨殺されてしまうという、美少女の妹好きにはいささか勿体ない気もする滑り出しを見せた神無月ふみの「サウンドマスター」(エンターブレイン、840円)。ひとり「できそこない」とということで、謎の襲撃者から見逃された少年・亮司は、ひとり暮らしをしながら復讐に燃えつつ、自分で作った曲をピアノで弾いてた。

 すると、耳が良いのかそれとも別の理由があるのか、その曲に何か大変な力があると感じた派手なアロハシャツを着た青年と、その青年の妹で、「ピンクハウス」ならぬ「ローズマリー・ガーデン」というブランド名の、フリヒラな服を着た美少女が訊ねて来て、亮司がその曲をピアノをで弾くことをやめさせようとする。物語はそこから、”世界を滅ぼす力”をめぐるサスペンスありアクションありのファンタジーへと展開していく。

 ポイントは怜奈という名のフリヒラな美少女。もしかしたら例の襲撃犯かと、警戒しながらも扉を開けた少年に、「ピアノがうるさいから責任を取れ」と求めた兄の怜人の高圧的な言い方に腹を立てて、怜人を殴るわ腹に蹴りを入れるわと亮司の前で大暴れ。挙げ句に再び亮司を襲って来た機械人間の男に向かって、「わたくしが消去してあげましてよ!」と言い放ち、魔法のように手からナイフを取り出しては、機械人間の弱点にピタリをナイフを投げ、射し倒してしまうからもうたまらない。

 見かけは可愛くて中身は乱暴というそのギャップが、単なる美少女には留まらない魅力を怜奈に与えてくれていて、読んで楽しめないはずがない、かもしれないという想像を抱かせてくれる。9割の確信は? それは少女が本当に少女なのかを確かめてから。本当は男だったら……それもそれでそれだったりっするかも。

 結論から言うなら美少女は実は美少女なんかじゃなかったりして、いささかの落胆にも似た感じを抱いてしまったけれど、中身はともかく後藤星描く「ローズマリー・ガーデン」姿の怜奈の可愛さを見れば、釈然としない気持ちも吹き飛ぶというもの。人間の感性というのは、ことほど自在で勝手なものなのだ。

 さて、肝心の物語と言えば、怜人と怜奈が生まれ育った”世界”に危機をもたらす可能性のある亮二の秘められた力をめぐって、その力を使って”世界”を滅ぼそうと企むテロリストグループと、亮司のような存在なりほかの一般的な原因なりを見つけては、”世界”に危機が及ばないよう調整をしている怜人や怜奈のような「管理者」との、くんずぐれつのバトルへと進んでいく。その中で、家族を殺害され沈んでいた少年が、仲間らしき人々の厚情を受けて次第に明るさを取り戻していく展開があって、読む人にホッとする気持ちを与えてくれる。

 エンターブレインから刊行の「トランスワールド」も含んだ「九つの異世界」シリーズの1冊だが、単独で読んでも読めない作品ではないので、これが初の神無月作品という人でも大丈夫。著者によれば残り5つの異世界もいつかは書いてみたいとのことで、怜人と怜奈の故郷のような世界とは違う世界をだが、単独で読んでも読めるストーリー。他の世界も読んでみたいとろこだけれど、可愛さ抜群で性格も最高の怜奈の活動を、もうちょっと見てみたい気もしないでもない。亮司と出会う前の活動録、なんてものでもできないだろうか。


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