ソウル・アンダーテイカー

 切なくて。可笑しくて。悲しくて。そして美しい。中村恵里加の「ソウル・アンダーテイカー」(電撃文庫、670円)に贈る言葉は、かように複雑で、けれどもストレートな賞賛だ。

 江藤比呂緒とう名の少女。何らかの事故の影響なのか、それとも持って生まれた資質なのか。小学6年生とはいえその学年に見合ったとは決して言えない知性の持ち主で、人を疑わず自分を偽らず思ったことはそのまま行動し、言われたことはすべてを前向きに受け止めては母親を心配させ父親を悩ませ妹を怒らせてばかりいた。

 昨冬の雪の日からずっと、冷蔵庫の中に置いておいたという雪だるまを取りだし学校へと行き帰って眠った雪の夜。比呂緒を想う父親が、どことなく謎めいた店に入り込み、半ば強引に買って来てしまったモデルガンをプレゼントとして与えたことが、比呂緒を新しい、あるいは本当の運命へと導く。

 比呂緒にしか見えない猫が現れ、自分の名をハンニバルだと言う。そして父親がプレゼントしてくれた銃は特別な銃で、比呂緒はそれを使い、未練を残して現世に留まる魂を月へと還す「ソウル・アンダーテイカー」になるのだと告げる。

 いったいどいうことなのか。普通だったら戸惑い怯え逃げ出すところを疑うことを知らない比呂緒は、ハンニバルの言うことに従い「ソウル・アンダーテイカー」になると答える。手にした者の命を食らうハンニバルのついた銃を捨てることなく、さほど歳の違わない三嶋蒼儀という少年のソウル・アンダーテイカーを指導役にして、銃を使いこなす訓練を始める。

 打算を知らず嘘を嘘と否定せず決して利口とはいえない頭で真っ直ぐに、精一杯に考えた結果をすぐさま行動に移す比呂緒に、三嶋蒼気は引っ張り回される混乱させられる。過酷なソウル・アンダーテイカーの役目を過酷と理解せず、銃もなかなか巧く操れない比呂緒に不安を抱く。

 けれどもソウル・アンダーテイカーとしての圧倒的な潜在能力が、三嶋蒼儀やハンニバルをして比呂緒に彼女が与えられた過酷な運命も、傍目には悲運ともいえる境遇も乗り越え世界を変えてくれるのではという可能性を抱かせる。無垢な魂。純粋な心。そこから生まれるストレートな想いが呪いを退け悪霊を浄化し、世界を安寧へと導こうとする。

 無垢なことは善であり純粋であればあるほど正しというのは、無垢でも純真でもなくなった心を持つようになった人間の勝手な思い込みに過ぎない。現実に比呂緒のような”無垢”で”純粋”な人間を家庭内に抱えてしまった者たち、友人に持ってしまった者たちが背負い込む物理的な苦労と心理的な圧迫を考えれば、無垢で純粋な、まるで天使のような存在を身近に持てて素晴らしいなどとはとうてい言えるものではない。将来を思い悩む父母に姉を疎みつついたわる妹の描写がそん現実をしっかりと読む者に考えさせる。

 けれども一方で無垢であり純粋な存在が放つ打算も嘘もない言動に、強い憧れを抱かされるのもまた事実。考え込むように「んあー」と言ってそれから繰り出すストレートな言葉、そして行動のどれもが実に当たり前で正しくて、そうしたいそうでありたいと想わせてくれる。想わせてくれてけれどもそうはできない身を恥じ入らせる。無垢だから善であり純粋だから正しいのではなく善であり正しいからそうであり、無垢であり純粋であることは打算や嘘の紛れ込んでいないことを裏付けているだけのことに過ぎない。

 とはいえ彼女が仮に高度な知性もあれば高い行動力もある人物で、得た知識から理論を組み上げそこより達した結論を信念として、同じ様な正義を主張したなら果たしてここまで説得されただろうか。従いつつも内心にどこか釈然としない気持ちが付きまとったのではなかろうか。恥じ入るよりも妬みに流されてしまったのではないだろうか。

 無垢で純粋な心根が裏付ける打算も嘘もない言動だからこそ感じられる正義。恥じ入りつつも従ってみたいと想わせる善意。比呂緒という存在がもたらしてくれる心情はかつてないほど心地よく、そして清々しい。

 至る将来は決して明るいものではないかもしれない。悲しくて切ない結末に涙する可能性は決して低くはないけれど、そこへと至る過程で見せてくれるだろう澄み切った空気の清冽さ、澄み渡った空の美しさはきっと格別な、そしてなにものにも代え難い貴重なものとなるだろう。

 願うべくはこの物語がしっかりと書き接がれ、結末へと書き記されれること。一方で哀しみへのルートを真っ直ぐに走る「ダブル・ブリッド」のこの先も気になるところだけれど、今はその将来ともども「ソウル・アンダーテイカー」の帰着する場所への期待を膨らませよう。


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