ソロモンの詩篇 〜魔法学院の悪魔の寝室〜

 絵の描けるクラスメートが作った漫画の冊子を、クラスのみんなで回し読んで凄い面白いと騒ぎ立てる。描かれているのは、同世代の同じエリアに生きている、同じ感覚を持った者たちなら分かる話題。その界隈でメジャーとなって、人気となって口コミを誘うけど、数年を隔てた世代にはまるで話題が届かない。そんな感覚。

 中高生のためのレーベルとして登場した、角川コンテンツゲートによるKCG文庫が、まさにそんな位置づけにありそうな、同時代の同世代にはかけがえのない、けれどもそれ以外にはあまり触れられない作品を、世に送り出している。

 例えば、これが創刊ラインアップとして5冊でた内の目玉になるんだろう、KCGヒーロー小説大賞の大賞受賞作品、HALOの「ソロモンの詩篇 魔法学院と悪魔の寝室」(エンターブレイン、600円)。主人公で貧乏貴族の息子アルヴィス・ヴァンガードが、記念受験的に受けたという、エリートばかりが集う王室御用達の王立付属魔法学院(こういう場合も御用達というのか否かはさておいて)に合格。驚きながらも晴れがましい舞台へとあゆみ出す。

 自分にはもしかしたら、何か秘められた力があるかもしれない。若い世代にありがちな感性をくすぐられる展開だけれど、この場合、合格したのには学力なり魔法の力に特徴があってそれを誰かが認めたのか、あるいは家柄に秘められた秘密があるのか、なんて考えてしまうのが普通だろう。ところが、後で明らかになった主人公の入試の成績は最下位で、魔法の力もそれに応じて開く扉を、かろうじてスキマ程度に開ける程度しか持ってなかった。

 それでどうして合格できたのか。家柄の調査とかあったら真っ先にはねられそうなのに。ちょっと引っかかってしまう部分だけれど、今どきの感性では、秘められた力というものですら一種のチート、無敵の設定に近いもの。並以下だけれど最低ではない、すれすれを生きてそれでもどうにかなってしまうことへの憧れが、そこには反映されていて、天才ではなく、秘められた才能という夢にも依存できない世代の関心を、誘っているのかもしれない。

 先祖にとてつもない人がいた、という可能性は少しは残る。精霊との契約の場面で、他の誰もが制御に戸惑うサラマンダーを、あっさりと呼び出し契約までしてしまった。とはいえ、それは家柄ではなく、両親をバカにする相手の言葉に、真面目に反論したからだったりする。正直者に弱いサラマンダー? 劇的ではないけれど、ない話でもない。

 アルヴィスの周辺に、美少女やらセレブやらが集まりすぎて、ちょっと目移りしてしまうところも気になるところか。主人公が学校に通うために、必要なローブを買いに行った先で、そのときは不明ながらも実は王女さまと知り合って、世話をしたお礼にと高いローブを買ってもらう。

 学校に行ったら行った、貴族の子弟で性格のよさそうな子とまっさきに知り合い、まだその時はいつかの少女とは知らなかった王女様に、馬車に乗せられ遠い道のりを運ばれる。入った寮では先輩の女性から慕われ、その取り巻きの2人の結構やり手の男子からも、それなりに目をかけられる。

 普段はツンツンしていても、憎悪からくるような悪意はないツインテールの美少女も、アルヴィスの近くに寄ってくるという、いわばハーレム状態。加えて優しいメイドまで。そんな状況はともすれば暑苦しさすら醸し出すものだけれど、淡々と進む展開にあって、入れ替わり立ち替わり現れる美少女たちは、通り過ぎていく目に映る街路樹のごとし。これで良いのか、ぞんざいすぎないかといった印象が浮かぶ。

 もっとも、過去に大きな因縁があり、未来にとてつもない策謀があるような、大きな物語りを淡々と流し読むのはなかなかに難しい。ネットで楽しむような物語は、その場に必要な小道具がそろうなかで、それなりの寸劇が繰り広げられ、ああ面白かった、じゃあ次ぎに行こうと思うことが大切なのだろう。美少女たちもそんな場の盛り上げに必要な小道具といった認識で、眺めれて味わえばなるほど気にならない。

 主人公のアルヴィスは、魔法の力は相変わらず発揮できずに補講続き。サラマンダーと契約できても、日常では発揮されないから、やはり血筋は関係ないのかもしれない。それもまた良し。その場面場面でのシチュエーションが最大限に楽しめる。それが大事なことのだから。

 主人公の隣に住んでる貴族の子女で、主人公に悪意を持ってる少女が仕掛けてきては、それを退けるという当たりがクライマックス。そんな物語の最後にある言葉が、「次巻につづく」というのは、あまり新人賞の受賞作には似合わない。まず1巻。それで起承転結をつけて、面白がらせてさあ次は、といくのが通例だからだ。

 けれども、それももはや古典的な認識、高齢者の思いこみなのかもしれない。なかは個々にシチュエーションを味わおう。そして最後に何が起こって、それが続くなら続きを気にかける。そしてクリックしてページを開く。そんな感覚で楽しまれ、読まれる小説こそがKCG文庫ということなのだろう。

 トレンドが詰め込まれ、繰り返されているように見えても、個々にある盛り上がりを楽しみ、キャラクターの関係性を味わいながら消化し、消去して次に行く。その分かりやすさ。仲間内でこれ面白いかもという、会話の間になりそうな簡便さ。だからこその中高生に向けたレーベルの、新人賞での大賞作品なのだという理解を持って、読み直せばなるほど、楽しめる作品なのかもれない。


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