れがど
 悪魔に憑かれた時の、ステキな対策

 日頃はずっと外出していて、遺跡の発掘なんかをしている民俗学者の父親が、7年ぶりに帰ってきた時に連れていたのは、可愛いらしい女の子の姿をした天使だか悪魔だか。面倒を見ることになった息子の穂積真尋は、舌足らずなところがあって、けれども元気だけは有り余っているレムと言う名のその少女を、妹のような立場に置いて、通っている学校へと連れて行く。

 極度にシャイで口べたで、女子とは真正面から口を利けない性格から、告白されても返事をできず、逆に硬派で強面の人間だと思われてしまっていた真尋だったが、学校に連れて行ったレムの、天真爛漫で傍若無人な活躍に引っ張り回されるうちに、生来の優しさや強さが知られるようになって、新しい友だちを得て、今までとは違った学校生活を送れるようになっていく、という超感動のストーリー。

 それが、赤井紅介の「それがどうしたっ 1 悪魔に憑かれた時の、ステキな対策」(集英社スーパーダッシュ文庫、552円)かというと、本質は確かにそうだと言えなくもないが、そこへと至る道筋と、そして描かれる内容が、半端なく愉快で破天荒。有り体の感動ストーリーにはおさまらず、居候もの妹ものといった流行のフォーマットからも外れた、不思議な味わいを覚えさせる。

 背中に生えた黒い羽根から想像されるレムの正体は悪魔。なるほど確かにレムは天使ではない“だてんし”だと、自分のことをそう話す。もっとも、それは堕天使ならぬ駄天使で、駄目な天使を意味する存在で、それが証拠にレムの会話は、小学生に劣るとも勝らないレベル。魂を奪う代わりに願いをかなえる訳でもなく、真尋を「あるじー」と呼んで慕って家に居座ろうとする。

 ずっと地上にいられるようにするために、まずは背中の羽を外してくれと頼むレムに、そう言うのなら簡単に着脱できるのだろうと思い、真尋が手に羽を持って引っ張っても外れない。それでも大丈夫だからと言い、「かかってこいやっ」と勇ましいレムの言葉を真に受けて、羽を手に取り思いっきり引っ張ってみた時に、レムが出した声があらゆるライトノベルの常識を覆す。「痛びゃああぁぁぁぁぁぁぁん……!」。

 盛大に噴き出す血によって、周辺が真っ赤に染まるなかを、涙を流し、のたうちまわって苦しむレムの姿に驚きつつ、その血に気が遠くなって倒れてしまう真尋。これほどまでに激しくもカラフルなシーンが描かれたライトノベルが、過去にあっただろうか。もしもこれがアニメ化されたら、いったいどんな映像になるのかが、今から楽しみで仕方がない。

 もっとも、気づくと平気な顔をしていたレム。さあもう1枚と背中を差し出してきて、1枚だけ残しておくのも可愛そうと、挑んだ真尋の前に再び繰り広げられる阿鼻叫喚のブラッドバス。そんな見た目の上での惨劇を経て、人間風になった少女が、にゃんぽこと戯れる可愛らしさに、少年の高校ではなく、なぜか間違えてそっちに転入してしまっていた中等部で、同級生たちに慕われていく開けっぴろげさ、捨てられていた赤ん坊を我が子のように扱う優しさが、心に強く染みるエピソードが綴られる。

 少年のはす向かいに住んでいて、美人と評判の八千草可憐が、いつもそばに侍らせている教会住まいの美少女カエキリアの存在が、やがてクローズアップされてレムを巡る騒動に絡んでくる。地上にそれだけの存在がいるのなら、さらに別の存在も現れてくれるのかもと、次巻以降への想像力をかき立てられる。

 その一方で物語は、レムのひたむきさが周囲を動かし、真尋も動かし、それが彼への周囲の見方を変えて、大勢を動かし転がっていって幸福をもたらす、感動のストーリーへと進んでいく。一人ではなしえなかったこ、動かせなかったことでも、大勢が集まれば何かが変わって、動き始めるのだと知ろう。そのために必要なのは、本当の自分をさらけ出す勇気だと知ろう。

 過程はいろいろで、描写もさまざまでも、しっかりと感動をもたらすところが不思議な作品。高飛車で皮肉屋に見えて、実はいろいろあって自分を枠の中に閉じこめている節のある可憐にも、その枠組みを飛び出して、本当の自分をさらけ出せる時が来るといいのだが。そうなった時、果たして真尋は可憐を選び、レムから祝福されて、カエキリアから天罰を下されるのか。たとえ激しい天罰でも、可憐が幸せになるのだったら、真尋には覚悟して受けろ、右の頬も左の頬もためらわずに差し出せと言っておこう。


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