世界融合ウチ会社ブラック!?

 ニッポンのソーゴーショーシャといえば、ラーメンからミサイルまで、おしゃぶりから人工衛星までと言われるくらいに何だって取り扱っては、全世界どころか深海にだって宇宙にだって赴き売りつける貪欲さで、全世界にその名が轟いていた時代があった。日本の高度成長は、そんなソーゴーショーシャの商社マンたちによって作られたといっても過言ではない。

 今もその存在感に衰えはないけれど、商社マンの気質にはやっぱり違いがあるのだろうか。かつてのようなカバンに品物を詰め込み山を越え川を渡り、砂漠も凍土も踏み越えて買い手や売り主のいる場所まで行って商談をまとめるようなモーレツぶりは影を潜めて、涼しいオフィスでネットとケータイを駆使して連絡を取り合い、情報を売り買いするようなスマートな存在になっている。そんな印象が浮かんでしまう。

 中央公論新社のC★NOVELS大賞で特別賞と読者賞を受賞した和多月かいによる「世界融合でウチの会社がブラックに!?」(中央公論新社、900円)は、今は昔となったようなアグレッシブでエキサイティングな商社マンたちが登場しては、会社のため日本のため世界のために動き回る物語。大学を出て総合商社の総葉商事に入社した藤崎通は、間もなく起こったある事件をきっかけに、太平洋上の日本近海に出現した大陸にあるアーゼン国の出張所へと派遣させられる。

 総葉商事では大陸の出現に即応してすでに商社マンを送りこんでいて、新しい商売のタネがないかと探させていた。藤崎通がアーゼン国へと赴任した時もすでに目ざとい先輩商社マンたちによって商権が固められ、食料品の買い付けもエネルギープラントの輸出も唾が付けられ、新米が割って入れる余地などなかった。それでも仕事を探さなくてはならないサラリーマン。そこでアーゼンに来て早々に知り合い、どうやら有力者らしいレゼという青年が通う学校にいっしょに通いながら、アーゼンの文化を学んで何か新しい商売はできないかと考える。

 そんな折、同じ学校に通う美少女の故郷の村が、電源開発のためにダムに沈んでしまうと聞かされ通は迷う。ダム建設を請け負ったのは通が務める総葉商事で、担当していたのも通が配置された出張所の先輩商社マン。そこから権力を相手に新入社員の観ながら頑張り、理不尽な開発に立ち向かうといった正義感あふれるストーリーが繰り広げられるかと思いきや、現地の美少女にほだされ乱開発はいけないことだと思いながらも、一方でアーゼン国の人たちが幸福になるにはどんな道が正しいのかを問うような展開へと向かっていく。

 とある事情でそれまで国に満ちていた魔法の力が弱ってしまい、新しいエネルギー源が必須だったアーゼン国の人たちにとって、電気という新しいエネルギー源はどうしても必要なものだった。それを得るにはダムの設置が不可欠で、国の偉い人たちもその動きに賛意を示していた。とはいえダムに沈む村には美しい織物を産出する伝統工芸があって、その重要な要素がダム開発によって失われる危険性があった。どうすれば良い? 迷い悩んだ挙げ句に通は、貴重な織物を算出し続けられるようにして、同時にダムも作れるような道を作る。

 勧善懲悪でもなければ商売の理論だけで動くのでもない。最善に向けて考え抜き、努力する必要性というものが突きつけられるストーリー。昔と違って右肩上がりだけではない経済の中で、人類が生き伸びていくために必要なことは何か。その答えを新米商社マンの目を通して教えてくれる。

 通の苦闘はまだ続く。アーゼン国とそれから大西洋上に別の大陸が出現した事件は、これまで普通だった人に魔法を使える力をもたらして、これによって犯罪やテロが頻発するようになる。そんな事態の解決に尽力した通は、今度はアーゼンに原発を輸出しようと計画する親会社の方針とぶつかり合う。

 強い結界を張る魔法の力を持ち、過去に起こった戦争のために人が住めなくなった地域を抱え、そして何より電力の力を欲しているアーゼンにとって、原発は導入して何の問題もないエネルギー源になり得る。グループのオーナーに連なる御曹司が行ったプレゼンテーションも完璧で、異論を挟める余地などない。

 そこにいったい、通はどんなアイデアで対抗するのか。よくある原発の是非を争うのではなく、結論ありきの言説をまずは止め、今何が求められていて、それにはどんなアイデアが最善かを提案していくプロセスが、全体の物語から見えてくる。いたずらな正義感だけではなく、合理性と将来性もちゃんと踏まえた言説が繰り広げられるから、読んで辟易とはさせられない。

 もちろん譲れないところは譲らない、そんな頑固さが藤崎通という新米商社マンに、友人をもたらし成功をもたらし将来をもたらしたとも言えそう。これから働こうとしている人や、働きながら自分の仕事に疑問を感じている人に読んで欲しい、そんなファンタジーだ。


積ん読パラダイスへ戻る