星魔の砦


 なぜ戦うのか、と聞かれて兵士は国のため、家族のためだときっと答えるだろうし、騎士は先祖の名誉のため、自分自身の誇りのためだとたぶん答えるに違いない。それが心底から出たものなのか、それとも風潮なり自尊心なりが吐かせた言葉なのかは人それぞれに配分が違っているだろうけれど、何かのために戦っているとだけは確実に言える。

 自分自身が生きるため、という答えも人が戦う理由に挙げて当然のものだろう。いずれにしても人が戦う以上は、そこに何らかの理由があってしかるべきであって、故国を離れ国家の存亡とも、家族の安寧とも直接的には無関係の国に派兵され、命をかけている兵士ですら、無理矢理にでも国家や家族を守るという理由をつけ、あるいは世界に平和をもたらすという理屈をつけて戦いの日々に身を投じる。

 それだけに、神野オキナの新しいシリーズ「星魔の砦」(ソノラマ文庫、495円)に登場する一団の、近しいものの安寧とも、所属する集団の生存とも無関係な戦いにその身を捨ててはせ参じる、という姿に、ごくごく普通の戦いに対する認識を持った人たちが違和感を覚え、恐怖感すら抱いたというのも理解できる。

 ある惑星。突如出現するリングを通り抜けて、異次元より到来しては人間たちを襲う「星魔」の恐怖に見舞われるようになって幾年月が流れたある国の、ヴァーゲン砦を守っていた部隊が、6年に及ぶ内戦を終え、ようやくこれで平和が訪れ、自分たちも国に戻れると一息ついていた、その最中にどこからともなく異様な風体をした2人の男がやって来て、「星魔が来る」と告げる。

 男たちは「サムライ」。かつて「星魔」によって滅ぼされた倭の国の末裔たちで、復讐心をたぎらせ己を徹底的に鍛え、「星魔」と戦う能力を身につけ世界にたびたび出現する「星魔」を駆って回っていた。そんな背景を持って訪れた、青年のサムライ、サウト・ツゲイと顔を鬼の面で覆った少年のサムライ、イセンブラスの姿に砦は、内戦を戦っていた時以上の緊張感に包まれる。

 並大抵の腕前では勝負にならず、数多の国々がその毒牙にかかって滅ぼされて来たという「星魔」の脅威に立ち向かうべく、人類の指導者たちはいにしえより「サムライ」がやって来たなら、全面的に協力すべしと決定し、申し伝えていた。けれどもその「サムライ」ですら、「星魔」は一筋縄では退治できず時に「ハガクレ」と呼ばれる生体転化爆発の技を使って命と引き替えにしてようやく倒すほど。ヴァーゲン砦が生き残れる保証はどこにもなかった。

 それほどまでの強敵と対峙しなくてはならない恐怖たるや、想像を絶するものだっただろうし、加えて名誉でもなければ家族でもない、ただ「星魔」を倒すことにのみ生涯を費やす「サムライ」たちへの、異端の存在にも匹敵するメンタリティに、ヴァーゲン砦の兵士や騎士たちは戸惑い混乱する。

  「サムライ」は、サウトやイセンブラスは何ために戦っているのか。彼らの故郷は「星魔」によって滅ぼされてすでに地上から消滅しており、守るべき家族というものも彼らは持たずに諸国を流浪し、ただ「星魔」の殲滅のために生きている。自分が生き残るため、という理由すらそこにはなく、戦いそのものが目的となって綿々と受け継がれているようにすら見える。

 それ故に、イセンブラスは砦から諸手をあげて歓迎はされなかったし、砲兵を重用して騎士を後衛に回す戦闘方法への騎士からの反発も招く。旧来の騎士道精神を持って一騎打ちにでも繰り出しそうな砦の騎士たちと、身を擲ってでも「星魔」の殲滅にかけるサムライの行動原理の、あまりにも異なるベクトルに将来への不安がよぎる。

 それでも「星魔」から祖国を、家族を、自分の命を守りたいと願うヴァーゲン砦の人たちの思いは、「星魔」の殲滅というベクトルで一致し、それを支えてくれる「サムライ」への否応のない支持へと結実していく。その様のなるほど感動的ではあるし、戦での勝利に一途な「サムライ」に対する敬意が砦に広がっていく様も、前向きな者へのポジティブな評価の尊さを感じさせてくれる。「サムライ」の一途さを超えた”政治”の世界が厳然としてあることもまた、人間の世界を生きる難しさを感じさせつつ、何かのために戦う大切さを浮かび上がらせる。

 けれもやはり、「サムライ」のすでに滅び去った故郷を思い、奪った「星魔」への復讐心から命を賭して戦い続ける、その心に巣くう刹那の感情、ひそむ虚無の思いには怖さとやるせなさを感じないではいられない。希望があるとすれば、イセンブラスが砦で出会い失ったひとりの少女の願いと、そしてやはり砦で出会い深く関わることになりそうな別の少女とのこれからの暮らしが、イセンブラスに戦う理由、人間が納得できる戦う理由を与え同時に心を育むこと、だろう。

 イセンブラスは戦う理由を得られるのか。謎多き侵略者の「星魔」をすべて討ち果たし、「サムライ」たちは理由の乏しき戦いの運命から解き放たれるのか。強靱な敵を相手にどう戦うのか、といった戦術シミュレーションと格闘ストーリー的な楽しみも含め、今後のドラマの進行に興味を持って接して行きたい。


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