聖女の結婚 策士策に溺れる

 16歳の少年にとって24歳の女性はいったい、どんな存在に思えるのだろう。子供の知らない世界を見せてくれる人生の導き手か。一切の感心も及ばない大年増か。50歳にも近づこうとする目からだと、24歳が34歳でも44歳であっても気にはならないものだけれど、16歳の少年には人生の半分の年月を、先に生きてきた女性の24歳という年齢を、気にしないではいられない。普通なら。

 夏目翠の「聖女の結婚 策士策に溺れる」(C☆NOVELS FANTASIA、900円)に登場するリリアナ・マードックという女性は、まさしく24歳でおまけに未亡人。金貸しの男の家にわずか9歳で引き取られ、そして16歳ではるか年上の金貸しと結婚したものの、老いた金貸しは死んでしまい、今はリリアナが財産と仕事を引き継いて、執事のヴァレンティンとともにどうにかこうにか切り回していた。

 ただし問題がひとつ。それも重大な。リリアナが暮らいている街には、男性でなければ商業権がないという決まりがあった。許可を出す役人の思惑もあって、今は暫定的に許可をもらって仕事を続けていたものの、その役人の下心を受け入れるわけにもいかず、早々に商業権を持てる伴侶を得る必要があった。

 かといって、誰でもいいという訳にはいかない。リリアナには死んだ夫のフランシスから引き継ぎ、守らなければななないものがあった。そこに振って現れたひとりの少年。ジョシュアという名の彼は、リリアナが借金の取り立てに行った男爵家に監禁されていた。泥棒で、何か大事な首飾りを盗み出そうとしていたらしい。

 これに決めた。リリアナはジョシュアを連れ帰り、泥棒だと官憲に突き出されたくなければ、婚約の書類にサインをしろと迫る。脅せば言うことを聞き、自分の財産を奪って逃げるような真似もしない人間だと、リリアナはジョシュアのことを見て策を弄した。そして溺れてしまった。

 強欲だという悪評にまみれ、年齢もはるかに離れていたフランシスを、たったの16歳で夫にした挙げ句に、彼が死んだあとは黒い喪服に身を包み、仮面をつけて金を貸した相手の家にまで乗り込んで、少々の暴力も使いながら回収していくリリアナには、夫にも増しての悪評がつきまとっている。普通の神経ではなかなかいられない立場にあって、それでもリリアナは強欲を貫く。

 策をめぐらせて年若いジョシュアを囲い、犬とあざけりながら一時の夫としようとしたのも、どうにかして稼業を続けたかったから。けれども、それは決して強欲のためではなかった。では何のために? その理由が見えたとき、人は評判とか、外見だけで判断すべきではないものだのだと思い知らされる。

 それはジョシュアにもあてはまること。貴族の家に忍び込んでつかまった泥棒で、口を開けば聞くに堪えない悪口雑言が吐き出される。感情に走り状況を理解しようとしない若輩ぶり。外見はよくても、人間としては低劣に見えたジョシュアにも、外側からは窺い知れない苛烈な過去があって、純粋な思いがあった。何より正義感があって、策を弄して来ながらも、心底には優しさと健気さを持っていたリリアナの上回る策で、彼女を自分の人生に関わらせる。

 共に、表だっては出していない本当の自分をさらけ出し会い、そして貴族の別邸に住み込みで働いていた母親を、8歳の時に賊によって殺害されたリリアナの過去が、ジョシュアの出生や生い立ちにまつわる過去と重なり合って、ひとつの理解が生まれた。共通の思い。そして共通の過去。たとえ年は離れていても、それらがあれば人間は理解し合えるし、愛情だって生まれてくるものなのかもしれない。

 フランシスとリリアナの関係にも増して、強い目的意識を持って理解し合える関係となったリリアナとジョシュアが、共通する過去で、そして今も解決したとはいえない事件の謎をめぐって、探求へと向かうストーリーが、これからの展開では楽しめそう。その前哨ともいえる「聖女の結婚 策士策に溺れる」でも、リリアナに舞い込む脅迫状や、命をつけねらう何者かの影、ある貴族の自殺といったさまざまな事象から浮かぶ事件に絡んだアクションと推理を楽しめる。

 何より強欲な金貸しにして絶世の美女にして、実は愛にも恋にもうぶな24歳の女性というリリアナが、世知辛くままならない世の中で、策をめぐらせ人心を読んで、懸命に生きようとしている様が美しい。その願いがかない、大勢が幸せになる日を願い、リリアナ自身が幸福を得る時を願いながら、続く物語の行く末を見守りたい。


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