超飽和セカンドブレイヴズ −勇者失格の少年−

 ヒーローでも勇者でも英雄でも、大勢いれば大勢いるほど世界は平和になるかというと、それはまったく逆のよう。「TIGER & BUNNY」では1部、2部と大勢の異能の力を持ったヒーローたちが活躍しながら、その活躍が途切れないだけの犯罪も起これば事故も災害も起こっている。「ワンパンマン」でもヒーローの数を上回って怪人やら宇宙人やらが地球へ押し寄せ、ヒーローたちを休ませない。

 ヒーローに大勢がなれるということは、それだけの力を持った人間が存在するという意味でもあって、その力が正義ではなく悪に向かった時、世界は平和のプラス分がマイナスに転じて、大きな混沌に見舞われる。もしかしたら世界は、たったひとりのヒーローが、超越的な力で悪を叩き事故を抑え災害を鎮める方が、よほど平和なのかもしれない。

 全人類がすなわち勇者。そんな世界がいったいどれだけの平和を享受しているかというと、案外とそうでもないことが、物草純平の「超飽和セカンドブレイヴズ −勇者失格の少年−」(電撃文庫、630円)という物語に描かれる。

 神に遣わされた兄と弟、ふたりの神人がやがて仲違いして兄が人類に牙をむき、弟はそんな兄と戦いながら再生を繰り返した果て、自らの異能を使って兄を封印し、残りの異能を人類に振り分けたという話が今に伝わり、実際にほとんどすべの人類には、神人の弟から受け継いだ「勇者」の因子が存在している。

 ただし因子に濃い薄いはあるようで、その濃度が高ければ勇者として強い力を持っていていて、とりわけ強い能力を持ったS級を筆頭に、A級B級とランクを下げながらもそれなりな力を発揮できる勇者は勇者として、それぞれに能力を活かしながら活動していた。

 対象には一般的な災害もあれば事故もあったけれど、最大なのが封印されながらも「魔王」として復活を目論む神人の兄が送り込んでくる<災禍獣>なる一種の魔物を倒すこと。その日、知り合いのじじいに呼び出され、海を越えてアルメキアという国にある勇者たちの総本山ともいえる街、スリプリーヴィルにやって来たの草壁ジョウという少年が、街のそばで竜巻を引き起こす<災禍獣>に遭遇した時も、<プリマステラ>という名で活躍する美少女の英雄が現れ<災禍獣>を退けた。

 本名をエステルというらしいその<プリマステラ>少女に連れられ、英雄たちを束ねる組織のトップを務める知り合いのじじぃに面会した草壁ジョウ。いったい何者? もしかしてとてつもない力を秘めた超S級の勇者? 本人によればそれは違うらしい。自分や勇者にはなれないと言い張り、資格がないとも言い続けて、じじぃから誘われても首を縦には振らなかった。それでもスリープヴィルにしばらく滞在することになって、エステルに案内してもらいながら街を歩いていた時、事件が起こる。

 結界のようなもので守られているはずの街中に、現れないはずの<災禍獣>たちが次々に現れ人々を襲い始める。やはり過去に何か秘密があるらしいジョウを狙う存在も現れる。それこそ街が潰れかねないような状況に勇者たちが次々と倒れ、<プリマステラ>ですら苦戦していたた時、ジョウの右腕の封印が解かれ、凄まじくも恐ろしいその力が解き放たれる。

 ある意味で“俺TUEEEEE!”の典型とも言えそうな展開に喝采を贈りたくなるけれど、一方であまりに強過ぎるその力に触れ、またそ力が過去に悲劇を引き起こした問題を考えた時、それは永遠に封印されるべき強さであって、最後にふるってすべて解決して世界は救われ、読者はカタルシスを得られるようなものであってはいけないのでは、といった思いも浮かぶ。

 使えば世界は救えるけれど、同時に滅ぶかもしれないという矛盾をはらみながら、それでも強さにすがらざるを得ない事情があって、強さの持ち主に葛藤をもたらし、周囲に恐れをもたらし、世界に危機をもたらす。そんな逡巡があるからこそ、読んでいてどうせ最後はすべてが力によって解決され、幻想はぶち壊されて平穏が訪れるといった楽観に溺れることなく、ほどほどの緊張感を抱いてページを繰ることができる。

 草壁ジョウにはいったいどんな秘密があるのか。その彼をなぜかお兄ちゃんと呼ぶエステルの真意は。ジョウという存在につきまとうとてつもない過去が浮かび上がり、そんな存在を求めるのが決して「魔王」の側に限っていなかったという謀略じみた設定も見えてくる。同じヒーローたちが大勢いて戦っている「ワンパンマン」や「TIGER & BUNNY」と似ていながらも、神人の兄弟による争いという伝説があり、そこから生まれた善悪の二分があって、それが本当に盤石なのかが疑われる展開に、簡単ではない世界観が浮かび上がる。

 過去にどうにか折り合いを付け、正義に目覚めたのなら正義であり続けると決めた草壁ジョウがエステルと連れだっていったい何を目指すのか。そんな興味もを誘われるそのエンディング。もっともいろいろな勇者たちを見てみたいし、そんな勇者の筆頭にある者たちが世界がどこへ導こうとしているのかを知り、ただ強いだけではない矛盾をはらんだ草壁ジョウが、どう立ち向かうのかを知りたいところ。だから続きを是非に。


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