さよなら私のクラマー

 2004年のアテネ五輪出場、2011年のワールドカップ優勝、2012年のロンドン五輪銀メダルに続いて、女子サッカーのできごとが歴史に刻まれる年があるとしたら、それは2021年になるだろう。9月にプロリーグのWEリーグがスタートしたからだ。

 1993年から始まった男子のJリーグに遅れること28年。未だプロ化には至っていないラグビーやバレーボールよりはましだといった声もあるが、スポーツという表現を通じて収入を得ることで、同じスポーツを目指す人たちに夢を与えるプロフェッショナルに、トッププレイヤーたちが至れないというのは残念なこと。そこに新しい1歩を与えたという意味で、WEリーグの誕生は大いに喜ぶべき事態だろう。

 願うならさらにここから大きく女子サッカーが盛り上がって、東京オリンピック2020で実現できなかった満場の新国立競技場で、サッカー女子日本代表のなでしこジャパンが試合をして、女子サッカーここにありとアピールして欲しい。そのための1歩としてWEリーグは大きな意味を持つ。そして新川直司による漫画「さよなら私のクラマー全14巻」(講談社、450円−480円)のテレビアニメ化であり劇場映画化も。

 中学校では男子に混じってサッカーを続けてきた恩田希だったが、進学した蕨青南高校では女子サッカー部に入部する。やる気を見せない監督の下で上級生が抜け、弱体化したチームに恩田の他に加わったのが、中学時代に全国3位になってU−15日本女子代表にも呼ばれていた曽志崎緑や、圧倒的なスピードでピッチを切り裂く周防すみれといった才能たちだった。

 さらに、日本代表で澤穂希のような活躍をした能見奈緒子がコーチとして招かれたこともあって、弱小だったチームに変化が起こり始める。野球がテーマのヒグチアサ「おおきく振りかぶって」や、吹奏楽部が舞台となった武田綾乃「響け!ユーフォニアム」にも描かれた、弱小チームが優れた才能と野心的な指導者を得て大躍進するストーリーと言える。

 もっとも、高校野球なら甲子園であり、吹奏楽なら名古屋レインボーホールが会場となる全日本吹奏楽コンクールといった地点とは少し違った目標に、少女たちは向かうことになる。それは、女子サッカーの魅力を広く知ってもらうことであり、超満員のスタジアムで試合をすることだ。

 男子ならJリーグや日本代表で当たり前になっていることが、女子サッカーの世界では叶わない夢になっている。そんな夢に向かって登場人物たちの誰もがサッカーにしゃにむに打ち込む姿が描かれていて、読むほどに女子サッカーを応援したくなる。一例が、来栖未加という、第8巻から登場する興蓮館高校の女子サッカー部員だ。すらりとした長身と長い黒髪を持った美少女で、和装で琴を弾く姿をテレビで見せてサッカーファン以外からの関心を誘っている。

 その本性はどこまでもサッカーに貪欲で、最後までボールを追って走り、ゴールを狙い続ける泥臭いプレイヤー。得点王に輝いたインターハイから数日後にサブチームが蕨青南と対戦した試合で、戦いたいからと飛び入りする。そこまでサッカーに貪欲なのは、自分が活躍することで女子サッカーに注目を集め、スタジアムいっぱいに観客を呼び入れたいからだ。

 それは、登場してくる選手たちの誰もが思っていること。栄泉船橋高校にあってロナウジーニョ張りのテクニックを見せる国府妙も、曽志崎にとっては先輩でダービッツ並の運動量で守備に攻撃に活躍する浦和邦成高校の桐島千花も、誰もが女子サッカーの世界に日の目が当たる時を願い、求めてプレーに臨んでいる。

 話数の関係もあって来栖や国府の活躍はアニメでは見られなかったが、女子サッカーが盛り上がっていけば続編として制作され、さらなる盛り上がりを呼ぶ可能性もないでもない。そのためにも1年目のWEリーグには盛り上がって欲しいし、ファンとして盛り上げる義務がある。

 振り返れば、2000年のシドニー五輪に出場を逃した後、女子サッカーはリーグ戦を戦うチームへの支援が細りどん底を迎えた。そこで選手たちは諦めず、ひたむきなプレーを続けてファンをつなぎ止めた。アテネ五輪出場を果たして関心を取り戻し、世界一という栄冠にたどり着いた。2016年のリオ五輪出場を逃しながらも、WEリーグ設立まで至れたのは、こうした先人たちの人一倍の努力があったからだ。

 その上に新たな歴史を積み上げていく選手たちが、「さよなら私のクラマー」の読者から是非、生まれてきて欲しい。その果てに、前の国立競技場に3万1234人を集めた2014年のアテネ五輪最終予選の記録を凌駕する超満員の観客をバックに、新国立競技場で女子サッカーの試合が繰り広げられる日が来ることを願いたい。


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