さよなら、サイキック 1.恋と重力のロンド

 高圧線が張られた高い鉄塔の上にある絶縁碍子がどんな形をしているかは知らないし、それに萌える美少女がいるということも、あってはならないとまでは思わないにしても、なかなかありそうにはないことだとは感じていたりする。そんな絶縁碍子を間近で撮った画像が見たいという奇特な美少女が現れて、撮ってきてくれたお礼に鉄塔に登った距離に比例して、スカートの裾を持ち上げてくれると頼んできたら、貴方はいったいどうするか?

 どんなに高い鉄塔にだって即座に登って、登りまくって天辺までたどり着き、稼いだ距離で美少女のスカートを裾だけではなく全体がまくれ上がってへそが見えるくらいにしてやろうという気になるのが普通。そして高校生の獅堂ログもそんな気になったのか、通っている学校でもトップクラスの美少女、木佐谷樹軍乃に誘われて、彼女のスカートの裾がめくり上げられるのを期待しながら鉄塔に登ったように見えた。

 けれども途中、木佐谷樹軍乃が妙な力を使って、獅堂ログが握っていた鉄骨のボルトを熱くして、もしかしたら落下するかもしれない危険を与えたことで、彼女が単に冴えない男子生徒をからかっている訳ではないことが見えてきた。と同時に、そんな異常に慌てふためかず、飄々とつきあう獅堂ログも単純にエロいことを期待していた感じではないことも分かってきた。

 いや、少なくとも木佐谷樹軍乃の前ではその本性を現さなかった獅堂ログ。彼に何かを期待して誘い出しながらも、答えなかった彼を置いて立ち去った木佐谷樹軍乃の前に、次の瞬間舞い降りた獅堂ログは、届いてなかったはずの絶縁碍子の画像が記録されたデジタルカメラを差し出し驚かせる。何をした。宙を飛んだ。というより重力を操った。それで浮かんで絶縁碍子を撮って地上へと舞い降りた。

 実は以前、木佐谷樹軍乃にボールが当たりそうになった時、獅堂ログは飛んでくるボールの軌道を曲げて自分の手のひらに収めたことがあった。よく見れば不思議な軌道に気付いたことが、獅堂ログを木佐谷樹軍乃が誰もいない鉄塔へと呼び出した理由。それというのも彼女には、熱を発する異能の力が備わっていて、獅堂ログにも同じような異能の力を感じて、その正体を確かめようとしたのだった。

 結果として明かすことになって、共に異能の力の持ち主だと分かった2人の間にすぐさま恋が芽生えたかというと答はノー。約束だからと教室でスカートをまくるどころか、服を脱いだ木佐谷樹軍乃を止めようと、ドタバタしていたところに謎の影まで絡んで大騒ぎになっていたところに、今度は星降ロンド・タルクウィニアという少女がやって来て、絡み合う2人を見つけて泣きながら逃げ出した。

 その先でドタバタが起こって、そしてロンドも獅堂ログや木佐谷樹軍乃とはまた違った、魔女としての力を持った存在だということが判明。そんな3人が絡み合って進んでいくのが、清野静による「さよなら、サイキック 1.恋と重力のロンド」(スニーカー文庫、620円)という物語。口を開けばドSの悪口雑言が飛び出してくる木佐谷樹軍乃に、どこまでも明るくて前向きなロンド、そして冷静で淡淡と日々を生きている獅堂ログといったキャラクターの強い存在感で惹きつけられる。

 心臓の病気でずっと伏せっていたロンドは、“最後の魔女”という存在で、高い場所にある部屋で療養していた時期に重力操作で飛び回っていた獅堂ログと知り合ってお互いに関心を抱くようになる。そして手術によって健康を取り戻したロンドは、外に出るようになって獅堂ログの周りに現れるようになる。

 そしで行き当たった木佐谷樹軍乃との絡み合い。誤解もしたけれど木佐谷樹軍乃が同じような異能力の持ち主だと知って仲良くなろうとし、拒絶されてもくらいついていって3人で仲良くなり始めたところに影。ドッペルゲンガー。あるいはグラツィアーナと呼ばれる謎めいた存在が、ロンドから放たれ獅堂ログの腕にまとわりついて脅かす。

 目的は。その未来は。そんな謎を引っ張りながらも3人の異能力者がそれぞれに関心を抱き合って進んでいく第1巻。大きな事件とかは起こらないものの、どこまでもシニカルながらも奥底に純情そうな部分も見える木佐谷樹軍乃の獅堂ログに対する口とは裏腹の心情があり、自分を外へと誘ってくれた獅堂ログに頼るロンドの純粋な喜びがあってと、人の心のさまざまな姿といったものに触れられる。

 そうした中、恋をすると能力が薄れてしまうといった指摘が木佐谷樹軍乃から出され、その恋の相手が誰かといったことが見えて来て、ちょっとした波乱が予感される。それ以上に、グラツィアーナという過去の亡霊然とした存在が、ロンドの周辺に現れて何かを成そうとしているところが気にかかる。

 ロンドは手術ぐらいで本当に健康を取り戻せたのだろうか。今はようやく取り戻した健康を謳歌し、だらだらとした生活が繰り広げられているけれど、そこに悲劇の影が差してくることはないのだろうか。そんな不安も浮かんでくる。それでも立ちあがった「リア充ブレイカーズ」の行く末が、超平和的であるように願いながら今後紡がれるだろう物語を待とう。


積ん読パラダイスへ戻る