Sample Family
サンプル家族 乙女ゴコロとエイリアン

 タイプでいうなら古橋秀之の「タツモリ家の食卓」とか、藤島康介「ああっ女神さまっ」、そしれ御大・高橋留美子の「うる星やつら」といった感じ。そう聞けば、名取なずなの「サンプル家族 乙女ゴコロとエイリアン」(集英社、571円)が一体、どんな雰囲気を持った話なのかピンと来る人も多いだろう。平凡な暮らしをしている人のところに突然、ヘンな人とか宇宙人とかバケモノとか女神さまが押し掛けてきては、同居を始める、といった話。漫画でも小説で過去現在に名作傑作が目白押しの設定だ。

 けれども「サンプル家族 乙女ゴコロとエイリアン」はちょっと違う。というか全然違っている。しょっぱなに繰り広げられるのは、美少女どころかヒューマノイドですらない、ひも状の異星人たちが父親と母親と息子と娘と祖母と何故か犬化け、「手島家」という疑似家族を作って独り暮らしをしている少女の家に、親戚だと偽り居候を決め込むという展開。おまけに一家の目的というのも、その女の子を”殺す”ことにあるといった具合で、タイプの似た他の話の”愛する”だとか”守る”とかいったテーマとは、まるで正反対の内容になっている。

 目的が”殺す”なら”殺す”できっと、最後には情が移って殺せなくなるんだろうな、といった予想が当然ながら立つけれど、それはそれとして(多分そうだということ)、目的を遂行しようとする疑似家族たち、地球人のことを詳しく研究してやって来た割には、完璧には地球人を研究し切れていない所があって失敗ばかり繰り返している。

 例えば肌も服も一体化させたまま化けてしまうといった具合。あるいは少女を脅えさせるためにゴキブリをつくったつもりが鈴虫を作って喜ばせてしまったという具合。繰り広げられるドタバタとしたエピソードのおかしさに、異星人とのコンタクトの難しさなんかを感じ、そういったコミュニケーション上のギャップを楽しむ小説なんだろうか、とも思えて来る。

 なるほど微妙に世間の常識とズレた疑似家族たちの行動や思考を眺めるのはとても楽しい。変身する素材を作り出す原料になるのがバニラアイスクリームだという設定の、説得力はともかく奇想天外ながらもどことなくほのぼのとした感じも読んで気持ちをホクホクさせる。話がクライマックスに迫って来るに従って、自分たちの種族を守るために、別の命を犠牲にしなくちゃいけない理不尽さに、悩みもだえる異星人たちの姿もありがちだけれど胸に響く。

 けれどももっと大きく響いて来るのは、「家族ってなんだろう」という疑問だ。父親は死に、母親は海外で恋人と繰らしているという少女が、あからさまに奇妙過ぎる一家をベネズエラから来た遠縁だと信じ込んでか信じたフリをしているのか、あっけなく招き入れてしまう。そんな行為に隠されていた、少女の家族を想う心理が気持ちをグッとさせ、ツンとした痛みとポッとした暖かみを胸に感じさせてくれる。

 少女の担任と彼が一緒に繰らしている祖母との、実に冷たく痛々しい関係が明らかになっていくに連れて、家族というものが持つ難しさと、そして素晴らしさへの感情が心を覆い尽くす。空中分解してしまった家族。冷え切ってしまった家族。本当の家族なのに家族らしい愛情のカケラも感じられない地球人の2つの家族の描写、そして任務遂行のために構成された、愛情なんて無縁の疑似家族という存在を通して、「家族っていいものだな」という気持ちを読む人の心へと浮かび上がらせる。

 異星人たちは星を救うことができたのか? 少女はやっぱり死んじゃうの? 両論並び立たない二者択一の難問に、サンプル家族たちがどう挑むのかという最大の問題への答えを想像する楽しみと共に、人(人じゃないのもいるけれど)の強さ、暖かさに出会える物語。それが「サンプル家族 乙女ゴコロとエイリアン」が奏でるもっとも高く、もっとも大きな主題のような気がする。

 いかにも続かせようとするラストを好ましいと見るか、そうでないと見るかは判断が別れそうだけど、ひも状ながらも一応は男だという異星人が変身した女の子キャラのイラスト上での見目麗しさ、物語の上で見せる初恋の人(相手はもちろん男性)にドギマギとするウブな感じはなかなかで、さらなる登場を期待したくなったのも事実。一応の決着を見た重たいテーマはそれとして、「手島家」の面々が地球上で見せるさまざまなコミュニケーション上のギャップをもっともっと楽しめるような、そんな物語を今度は読ませてもらえると有り難い。


積ん読パラダイスへ戻る