秒後の酒多さんと、俺。 第1巻−第4巻

 7秒先に誰かがあげる悲鳴が聞こえたら、あなたは助けに動くか、それとも留まるか。

 淺沼広太の「7秒後の酒多さんと、俺。」(ファミ通文庫、560円)の主人公、面堂朗はチューニングがあった人間の7秒後の声を、聞けてしまう能力の持ち主。それが原因となって学校でつまはじきにされてしまって、誰も能力を知ってる人がいない学校に、新年度の新学期から1週間が経った時期に転校する。

 そして初めての登校日に、道路でトラックに水をかけられ困ってしまう少女の声を聞いてしまって当惑した。別に事故に遭うわけではなく、少女は水でビショビショになるだけ。それでも留まっていられなかった体が、少女とトラックの間に割って入って、水を全身で受け止め、少女を救う。

 その少女こそが酒多さん。クラスもなぜかいっしょになって、そこで酒多さんが驚異的なドジっ娘だと知る。

 ひっくりかえってはしっちゃかめっちゃかを繰り返しかねない酒多さんの、止むことなく発信され続ける7秒後の悲鳴を聞き続け、朗は支えたり、引っ張ったりして酒多さんをピンチから救い出す。なかにはガスコンロの爆発を止めたりと、命や身体に影響がありそううな事故からも救ったりするけれど、それを酒多さんに言うことはない。

 代わりに、酒多さんにつきまとっている、小さいけれども口調は乱暴な毒島縁という少女にだけは打ち明ける。聞くと彼女は学校でひとりぼっちだったところを、酒多さんだけが仲良くしてくれて、それから酒多さんがドジをするたびに、寄り添い助けてきたのだった。

 それが、朗の7秒先から声を聞く能力の助けによって、ドジを見せなくなったことから、朗に敵意を燃やしてつっかかっていた。朗の力を知ってもつっかかることはやめなかったけれど、信頼は感じた様子。そんな3人に、口調は乱暴でコミュニケーションが苦手だけれど、写真の腕前は抜群の川原信人という少年も巻き込んで、4人で仲良くやっていく。

 7秒後のピンチをなかったことにすると、果たして歴史は変わってしまうのか? というパラドックスについての言及はなく、それによって酒多さんの運命が、大きく変わっていってしまうこともない。

 7秒後の声が聞けたからといって儲けられるものでもなく、力としては1人のピンチを救えるかどうかといった程度のこと。そこで問われるのは、そうした事態が起こった時に、自分という人間の秘密というか、弱点というか、以前に嫌われていた要因ともいえる力を繰り出してみせて、平気でいられるか、という覚悟の部分になる。

 そこについて朗は、第1巻でははっきりと覚悟こそ見せなかったにしても、危険は冒して酒多さんを救おうとした。ひるがえって自分だったらどうするか、と言われれば、相手が可愛い酒多さんなら助けてあげくなりそう。一方で常に助けてあげないと、危なっかしいドジっ娘なだけに、気疲れして消耗も激しそう。

 なにより酒多さん当人がそのことを知った時、喜ぶのかそれとも嫌がるのかといったところが、判断上の迷いとなる。実際、シリーズではそこが問題となった挙げ句、酒多さんは朗の好意は好意として受け止めながらも、自分は自分として頑張っていこうとする道を選ぶ。人間、誰かにすがりたいと思うことはあっても、ずっとすがり続けたいということはない。

 それは、シリーズの完結編となる「7秒後の酒多さんと、俺。4」(ファミ通文庫、580円)で、より強い主張となって繰り出される。7秒後の酒多さんの声が、相変わらず聞こえてくる朗の耳に、なぜか毒島縁のその瞬間の心の声が、聞こえるようになってしまった。

 どんな声だったのか。最初の頃は酒多さんにまとわりつく虫のように朗を嫌い、罵倒していた縁だったが、いっしょに過ごす時間が増えるにつれて、優しい朗のことを好きになっていた。相変わらず口では続く罵倒の裏で、朗を思いながらも酒多さんへの配慮もあって、口に出せない恋心に、激しく悩む縁の思いが朗に伝わってきた。

 酒多さんが好きな朗は、どう対処すればいいのか迷う。今の声が聞こえてしまうと打ち明けた上で、その期待には応えられないと断るべきか。黙ったままにしておくべきか。その純情さにほだされ受け入れるべきか。

 知らなければ浮かばない悩み。それが、聞こえてしまう異能があるが故に浮かんでしまうという問題を、第1巻から描いてきた物語のクライマックスに、朗の気持ちとしてこんな言葉が発せられる。「嘘をつき続ける苦しみは、毒のようにゆっくりと心を蝕んで、嘘をつき続ける限り治らない」。

 だったら真っ直ぐ行くしかない。異能があろうとなかろうと、自分を偽らず真っ直ぐ生きる大切さが示される。異能が絡んだドタバタラブコメから、人間の正直さにまで踏み込んだ青春ラブストーリーとなって結ばれた物語。この先に酒多さんと俺と縁がどんな関係を築き上げていったのか。想像してみたい。


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