流星生まれのスピカ

 ニコラ・テスラとトーマス・アルバ・エジソンという、2人の偉大な発明家の間にあった確執は、科学と発明の歴史において欠かすことができないくらいに有名な話。交流電流の利便性を訴えたテスラに対して、直流にこだわったエジソンはテスラを放逐。結果として今の電力業界では交流が主流となって、テスラの方に軍配が上がった格好になった。

 ノーベル賞の受賞すら争って、共に受賞を逸したというエジソンとテスラの歴史的な確執を土台にしながら、現実とは少し違う歴史と世界を描いているのが、兎月竜之介による「流星(ほし)生まれのスピカ」(集英社スーパーダッシュ文庫、610円)という小説だ。

 その世界でエジソンとテスラは、電流の交流直流でもなくノーベル賞でもなしに、流星エンジンという存在をめぐって競争を繰り広げた。最終的にはエジソンが勝利することになって、テスラはエジソンの野心の前に世界から排除されてしまう。仲違いに止まった現実よりも残酷なシチュエーションを経て、エジソンの会社は流星エンジンの発明者としての栄誉と権力を手中に収める。

 いったい流星エンジンとは何なのか。それは、上空に浮かぶ流星が地上に落下して来てばらまかれた破片を使った動力のこと。ハレー彗星のような帚星とも、大気圏を突破して落下してくる隕石とも少し違った流星には、不思議なエネルギーが秘められていて、エジソンが作った流星エンジンは、その力を取り出すことによって人類の暮らしを便利にしていた。

 貴重な資源として高値で取り引きされる流星を、エジソンの会社は権力と財力を使ってかき集めては、価格を支配して大もうけを出し、さらに支配力を強めるようになっていく。流星エンジンの登場から100年が経って、もはや誰も逆らえないくらいの規模になったエジソンの会社。その日も流星の落下現場に駆けつけけ、近寄る者たちを排除し、流星の欠片とそしてある存在を確保しようとしていた。

 ところが、そこに目当ての存在はなかった。直前にシンという少年が、流星の落下を見てアルバイトで使わせてもらっている流星バイクを走らせ、落下の現場にエジソンの会社より先に駆けつけていた。そこで見たのが結晶に入った裸の少女。彼女がエジソンの会社に狙われているらしいと感じたシンは、かつて流星の落下で巻き添えになって両親が死んだ時に、エジソンの会社が助力をしてくれなかったことに憤っていたこともあって、少女を連れてその場から逃げる。

 凄腕の傭兵まで使って少女の行方を追い、シンに迫ってくるエジソン一派。スピカと名付けられた少女はいったい何者なのか。エジソンの会社に追われるような秘密とは何なのか。そんな探求のストーリーの渦中、テスラとエジソンの間にあった確執が浮かび上がり、スピカの正体が明かされる。シン自身の血筋も判明して、スピカとシンは体制の打倒に挑むテロリストたちと共闘して、エジソンの会社の打倒に向かう。

 蒸気ならぬ流星の欠片がエネルギー源となって乗り物を動かし、社会を動かしている世界観は、スチームパンクならぬコメットパンク、あるいはスターダスト・パンクと言えそう。レトロフューチャーなテイストを持ったメカや社会に興味がある人にはたまらない。そんな世界を舞台に繰り広げられるボーイ・ミーツ・ガールの物語、そして権力に対して挑みうち破るレジスタンスの物語が、「流星(ほし)生まれのスピカ」という小説だ。

 シンとスピカの関係がたとえ成就したとしても、その先にはエジソン以上に暗躍している何者かがいそう。これからどんな戦いがあるのか、その果てに世界がどんな全体像を見せるのかに興味を惹かれる。現実とは違う流星という存在が持つ謎も含めて明らかにされていくだろう続きに期待したい。現実の歴史でもエジソンに殺されこそしなかったものの、発明家としての名声では完全に後塵を拝しているニコラ・テスラに敬意を払いながら、シリーズの行方を追っていこう。


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