ランウェイで笑って 第1巻−第3巻

 高校生の少年が、卒業してすぐプロのファッションデザイナーになることと、158センチしか身長がない少女が、ファッションモデルとしてパリ・コレクションのランウェイに立つことでは、どちらがより困難なのだろう。

 先に挙がるとしたら、やはり158センチの少女がパリコレのショーモデルになることか。数多くのブランドなりデザイナーがショーを開いて新作のファッションを見せようとする中で、そのフォルムを圧倒的な肢体でバイヤーに伝え、ジャーナリストに伝えるモデルには、やはり高い身長が必要だ。幾つものファッションをモデルたちが着替えていくこともあって、ひとり158センチの少女を混ぜて専用のファッションを何着もデザインする手間はかけられない。

 もっとも、そんな常識がファッションモデルの世界に今なお色濃く残っているのかと思ったら、だんだんと変わり始めているらしい。ミュージシャンで音楽プロデューサーでもあるカニエ・ウェストが手掛けるファッションブランドYEEZY(イージー)のランウェイに立ったアミナ・ブルーの身長は155センチ。トップモデルから20センチから30センチは低い。それでも、コンパクトながらもメリハリの利いたボディにYEEZYのどこかハードさが残ったファッションをまとい、ランウェイから、そしてファッション誌のグラビアから強烈なパワーをその視線と共に放ってみせた。

 カニエ・ウェストという本業がミュージシャンで、ファッション界では異端だったからこその起用でああり、名だたるプレタポルテによるパリ・コレクションなりミラノ・コレクションへの抜擢ではないと言えば言える。とはいえ、そうした固定観念がいつまで続くかはもう誰にも分からない。価値観が多様化する中でファッションデザイナーがあらゆる場所を舞台に、あらゆる層にとってビビッドなデザインを送りだそうとするなら、180センチを超えるモデルがまとう衣装だけでは追いつかない。

 猪ノ谷言葉の漫画「ランウェイで笑って 1−3」(講談社、各429円)に登場する158センチの少女、藤戸千雪がそのスキルを発揮し、持って生まれたボディのままでパリとミラノとニューヨークのランウェイを歩くのも、そう遠い話ではないのかもしれない。

 何より千雪には思いの強さがあった。ファッションブランドを運営する父親と、ファッションモデルを集めた事務所を運営し、自らもパリ・コレクションのランウェイを歩いた母親を持つ千雪は、子供の頃からショーモデルになるという夢を抱いて歩くこと、ファッションをまとうことの研鑽を重ねてきた。身長だけが伸びず、常識としてショーモデルとしては難しいと思われていたところを、自身にピッタリとあったファッションをまとうことによって大逆転に成功した。

 世界の女性のすべてが180センチを超えていないのなら、160センチの女性に向けてアピールできるファッションはあって、それを全身で着こなしアピールするファッションモデルがいても不思議ではない。藤戸千雪という少女のストーリーからそんな道が浮かび上がる。もっとも、そのためにはアミナ・ブルーにカニエ・ウェストがいたように、藤戸千雪にも彼女の最大を引っ張り出すファッションデザイナーが必要だ。「ランウェイで笑って」ではそこに都村育人という高校生の少年が登場する。

 母親が病気で入院し、3人の妹たちを学ばせ大学にも送り出したいという思いも一方に抱きつつ、本心からファッションが好きだから大学よりもその道に進みたいと思っていた育人は、同じ高校に通っていた千雪のために服を作り、それがストリートファッションのコーナーで紹介されて評判を呼んで、千雪の父親から会社へと誘われる。

 高校生が大学にも専門学校にも行かないでファションデザイナーになる、ということも案外に容易いかというとプロの道は甘くなかった。やはり経験の問題があった。そして独学でしかファッションを実践していない育人にはセンスはあっても技術がなかった。これではプロの仕事は任せられない。とはいえ迷惑をかけた育人が持つ才能を気にした千雪の父親は、育人を気むずかしさはあっても良いものを作る新進気鋭のデザイナー、柳田一のところへと送り込む。

 案の定、基本を知らない育人は柳田の不興を買うものの、そこにしがみつくしかない状況、しがみついてでもファッションデザイナーになりたいという熱情、そして現場で学びながら実践して且つ期待を超えてみせる才能を見せて、柳田が出た東京コレクションのショーで起こったトラブルをしのいでもみせる。

 偶然だったかもしれない。藤戸社長のいたずら心もあって送り込まれた千雪がいたからこそ、発揮された火事場の馬鹿力だったのかもしれない。それでも、目の前に現れた158センチのショーモデルをランウェイに立たせて衆目を集めるファッションを仕立てる才能を、育人は見せて柳田に認められてファッションデザイナーとしての道を歩み始めた。

 常識ではありえない、現実には起こりえないことだとしても、それがいつまでも真理として通用するとは限らない。現実に155センチのファッションモデルがランウェイを歩いているのだから、高校を卒業して間もない少年がファッションデザイナーとしてデビューし、人気となることだって起こりえる。そんな可能性を見せてくれるマンガであり、ファッションという世界の厳しさ、ファッションモデルという存在の表からは見えない凄さを教えてくれるマンガ、それが「ランウェイで笑って」だ。

 第3巻、すさまじい才能の登場が育人をどう変えるかに興味を誘われる。とりあえずスチールモデルの道を歩みつつ、ショーモデルへの道も諦めないで模索し続ける千雪との“再会”を経た先に来る、素晴らしいファッションとファッションショーの世界が今から気になって仕方がない。


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