ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)

 「俺はまだ本気出してない」というのが、引きこもり気味な人たちの心の支えになっていて、本気を出しさえすればこんな境遇からは今すぐにでもオサラバ出来ると信じていたりする。あるいは信じていたがっているというか。一方で、本気を出して出して出しまくったからこそ挫折した時の衝撃が大きく、それが原因で世間から隔絶し、引きこもりになってしまう人もいる。

 どちらが人生としてより正しいか、という議論もできそうだけれど、現時点で世間の役には立っていないということで前者と後者に大差はない。たとえ世間が怖くても、まずは足を踏み出してみるしかないし、それで挫折し打ちひしがれていたとしても、また足を踏み出して歩んでいけば、いつかきっとどうにかなる。そんな希望を与えてくれる物語が、羊太郎さんによる第26回ファンタジア大賞の大賞受賞作「ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)」(ファンタジア文庫、580円)だ。

 見た目はとてつもない美女のセリカ=アルフォネアに囲われ養われ、家から出ないでゴロゴロしながら暮らしていたグレン=レーダスという青年が、ヒモ生活から叩き出されるように出して赴いた先は、アルザーノ帝国魔術院という少年少女に魔術の使い方を教える学校。なんでも教員がひとり行方不明になってしまったとかで、欠員を補充するべくグレンが非常勤講師として魔術についての授業を受け持つことになった。

 とはえい当人にやる気はまったくなく、教科書を読むだけだったりするならまだしもそれすら面倒になって、教科書を黒板に釘で打ち付けさあ自習とやったから、真面目で鳴る生徒のシスティーナ=フィーベルはたまらない。名家の令嬢であり、魔術に強い思い入れも深いため、怒ってグレンを糾弾するものの当人はのれんに腕押し糠に釘。それはシスティーナとの勝負に負けても、まるで変わらなかった。

 ところが、あるやりとりをきっかけにしてグレンの態度が一変する。予鈴前に教室に顔を出すようになっただけでなく、魔術が発動する根元に迫るような授業を繰り広げては、生徒たちだけでなく講師たちにも興味を抱かれ、その授業にいっぱい人が集まるようになった。なるほど魔術の使い方は生徒たちにすら及ばないグレン。魔術が得意な人なら呪文1節で発動させるところを、グレンは普通に3節使って詠唱しなくては発動しなかったりする。戦闘のような場ではこれは致命的なハンディとなる。

 もちろん一流の魔術師とも認められない力量で、生徒たちからそれが原因で見下されることがあった。けれども、授業で行ったそもそもどうして魔法が発動するのかという解説と、それを応用することによって自在に魔法を発動させられるようになる実演を見て、グレン以上の知識を持っているものは学校にはいないと分かり、生徒たちはグレンに一目置くようになっていく。

 いったいどうしてグレンをそれほどまでの知識の持ち主になったのか。にも関わらずどうしてセリカの元で引きこもっていたのか。セリカとはいったい何者で、グレンはどうして彼女のヒモのような立場になったのか。そこには秘密があって、過去があって、経験があって、だからグレンは魔術が大嫌いになった。その秘密であり過去であり経験が、結界を破って賊が学園に侵入し、生徒たちが襲われたところで発動して、グレンがかつて非情ともいえる本気を出したが故の挫折組だったことが見えてくる。

 美女なり美少女に養われた青年が、久しぶりに外に出て働くようになって、次第にその隠された真価を発揮していくという展開は、電撃文庫から刊行された古宮九時の「監獄学校にて門番を」(電撃文庫)にも重なる。ただ、世界観の設定にとてつもない仕掛けがあった「監獄学校にて門番を」と比べると、「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」は他にもありそうな設定に見える。

 それでも、グレンという青年が幼少の頃から重ねてきた経験の壮絶さ、それ故の引きこもりという立場は、類例を超えて強いインパクトを読む人に残す。本気を出してしまった、本気を出させられてしまったからこそ得られたひとつの境地、あるいは挫折、もしくは懊悩。そこに埋もれていつまでも引きこもっていたかっただろうグレンが、立ち上がって生徒たちを守ろうとし、世界を救おうと戦う姿がとにかく格好良い。その戦い方も、圧倒的に強いというよりは、自分の得意分野を活かしつつ、生徒たちの信頼も得て敵を倒していくところがあって気持ち良い。

 魔術がどうすれば発動するか、それがどう変化するかといったところの設定をしっかり作り込んであるから、相手がそう来たらこうかわすとかいったパズルを解いていくような楽しみを、戦いの場面で味わえる。魔術をうち消す魔術があっても、それが万能ではないといった具合。そんな困難を知恵で乗り越えていくような戦いぶりが、読む人の目を偉業足りとも逃さずバトルシーンの描写へと引きつける。

 殴った蹴っただけではビジュアルで見た方が楽しいし、分かりやすい。読む小説だからこそのバトルの仕掛け。そこの工夫がこの作品をして大賞へと至らしめたのだろう。とりあえず居場所を得て立ち直りも見られたグレンだけれど、うごめく陰謀がまだありそう。女王も絡んで動き出した世界にグレンは戻って何をするのか? 自分が出来ることよりも、自分がしなければならないことのために再起したグレンのこれからに期待したい。


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