レイの世界−Re:I−1 Another World Tour

 人間のキノと、喋るモトラド(二輪車。空を飛ばないものだけを指す)のエルメスが、滞在するの3日間だけという条件で、様々な国を巡る時雨沢恵一の「キノの旅−the beautiful world−」シリーズ。大人になると同時に個性を奪われてしまう国のエピソードや、旅人に対してどこまでも優しく応対する国のエピソード、すべてを多数決で決めることにした挙げ句に、人間が最後は1人だけになってしまった国のエピソードなどを通して、人間の愚かしさやおぞましさを浮かび上がらせてきた。

 そんな「キノの旅−the beautiful world−」シリーズと同じく、時雨沢恵一が小説で、黒星紅白がイラストを手がける「レイの世界 −Re:I−1 Another World Tour」(UX、1100円)もまた、似た奇妙な場所が登場して、驚きの体験をもたらしてくれるエピソードが連なった連作短編になっている。主人公はキノやエルメスとは違って歌手と女優を目指すユキノ・レイという15歳の少女。舞い込む仕事を次々にこなしていく芸能界サクセスストーリーを思わせながら、意外な方向へと読む人を引っ張っていく。

 女子高生のユキノ・レイは、都会の片隅にある有栖川芸能事務所に所属している新人タレント。遂にデビューが決まったが、それは少し遠くにある町の音楽イベントでステージに立って歌うというものだった。持ち歌などまだないレイなどただの前座で、誰からも関心を持たれれないと思いきや、町は住民あげて歓待してくれて、用意してきた5曲を歌い終えてもアンコールを止めず、祭りの最後までレイといっしょに盛り上がった。

 感動のデビューを果たして、さあこれからというところで、驚愕の展開が訪れて、そして第二話の「歌合戦、出場!」―MAD―へと続いていく。そこでもレイは、新人タレントなら夢見る歌番組やライブ会場ではない場所で仕事をする。その観客も普通ではなく、歌で喜んでもらおうとするレイにとっては少し残念な気持ちも残る仕事だった。

 レイが行く先々でどんな仕事を重ねているかは、読んでびっくりという興味を削ぐから詳しくは言わないが、レイに与えられる仕事はとにかく普通ではないとは言っておく。ある種の試練に近いとも。第四話「ロウソクは消えない」―Murder Case!?―では試練の度合いも強さを増して、文字通りに命がけのものとなる。

 映画女優として、日本人ながらオスカーを2度も獲得した巨匠監督に大抜擢されたレイに当たられた役は、冒頭で毒を飲んで死ぬというもの。それも演技ではなく本当に。レイが死んだら話が終わってしまいそうだが、話は第五話第六話へと続いて、歌手として10万人を相手に100曲以上を歌ったり、舞台の上で同じ演技を66回繰り返したりする。もちろん生きたままで。

 ユキノ・レイの秘密。そして、彼女がマネージャーの因幡と訪れる世界の状況は、第1話ではっきりと空かされる。以後は、仕事先でレイがどうなろうとも、しっかりと物語は続いていくという条件の上で、彼女の歌唱や演技の能力が、どのような世界でどういった風に発揮されるのかを注目しつつ、そこから人間や社会が持つ矛盾をえぐる寓話的な匂いを感じることができる作品だ。

 いったいレイは何者なのか。66回ものレイの演技によって、凍り付かせていた心が溶かされた大女優が、レイを英語で“光”を意味するものだと讃えたのに対して、マネージャーの因幡が違うと答えたところから、その正体を推測したくなる。なるほどそれならどうなっても次のエピソードではしれっと登場し、何をどれだけ繰り返してもへばらないというのも分かる。とはいえ本当にそうだという確証はない。正解もないのかもしれない。そうした条件の上で、積み上げられていくエピソードからどんな人間の業のようなもの、社会の矛盾のようなものが撃たれるのかを追いかけていくのが良さそうだ。


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