パール 時のはての物語

 ザ・デイ・アフター。

 降り注ぐ陽光はするどいトゲをその内に秘め、青い海は生命の源たるその役割を忘れて禍しい輝きをはなつ。

 「パイレーツによろしく」で知られる川西蘭の最新刊「パール 時のはての物語」(トレヴィル、1957円)には、核戦争後の地球という、生命にとってはなはだ過酷な世界を、たくましくしたたかに生き続けている少年や少女たちが登場する。

 主人公のケンは、いっしょに暮らしているレイと海に漁に出て、銀色の輝きをはちながら波間を漂う少女の死体を見つける。終末の世界に蔓延し、多くの女性を死に至らしめた病で死んだ少女かもしれないと、死体を運ぶことはせずに、波打ち際に打ち捨てたままケンとレイは帰途につく。

 ねぐらにしているビルに、ある日突然、少女と1匹の動物が連れだって逃げ込んできた。あの日波打ち際に浮かんでいた少女と同じ顔をして、同じ銀色の服に身を包んだ少女パールは、レイの強い反対にも関わらず、病で妹を無くしたケンの心の隙間にしっかりと入り込んで、そのまま2人を生活を共にするようになる。

 シミュラクールの予感。計算高い媚態。得体の知れない少女への恐怖心からか。それとも、しっかり結びついていたはずの2人の絆にやすやすと割り込んだ少女への嫉妬心からなのか。しだいにぎくしゃくとしていくケンとレイの関係に、ケンの幼なじみで、暴力に頼って過酷な世界を生き抜こうとしているタケルがつけ込む。

 甘い恋愛小説にも似たシチュエーションが、核戦争後の過酷な世界を舞台に繰り広げられる。そんなミスマッチが気にならないほどに、少年や少女たちは環境に適応し、ひたすら前を向いて生きている。

 旧い人類には毒でしかない海の幸を平気な顔で貪り食い、淡い光りを放つ井戸の水を暗闇を照らすランプがわりに使う。そんな少年や少女たちの生活に、先人たちが残した負の遺産への恐怖心はまったくない。あるのはただ、今日食べる食料や今日寝る場所の心配くらい。それ故に「パール」には、頽廃的なムードが漂いがちにな「それからの地球」を描いた小説にあって、不思議なまでの生命感があふれていて、とても元気づけられる。核戦争後の地球というありふれたシチュエーションであるにも関わらず、途切れることなく最期まで読み通せた理由も、案外そんな所にあるのかもしれない。

 少年や少女たちが住む「ランド」とブロックを隔てて、高いビルに生活する「バンク」一族とはどんな人たちの集まりなのか。読み進むうちに、「それからの地球」にあって過去にひたすらすがりつき、現状を受け入れようとしない頑なな大人たちを象徴した存在であるような気がして来た。

 「生きる意志があるものが生き続けるのだ」。旧世代の生き残りである「バンク」一族の老人が、新世代のケンやレイに向かってそう微笑みかけたとき、「戦争をするのは大人、子供たちは生きる」という、どこかで聞いたようなタイトルがふっと頭に浮かんで来た。生きていくには見栄も打算も必要ない。生きたいという純粋な意志だけが必要なのだ。そう老人は語っているような気がした。

 老人は冬を呼ぶばかりではない。歳をとり、純粋さから大きく隔てられてしまった今、「しっかりやれ」と鼓舞する、そんな老人に僕もなれるだろうか。


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