ユーフォリ・テクニカ
王立技術院物語

 壁があったら乗り越えれば良い。谷があったら飛び越えれば良い。そして進む。ひたすら前へ。夢をかなえるために。それが科学者の歩く道。技術者の向かう道。

 でもちょっとだけご用心。科学は幸せと同時に不幸を招くことがある。技術は安楽と同時に怠惰をもたらすことがある。だから心構えよ。身を糾せ。その上で、己が探求心と向上心を満たすべく、努力と精進を重ねれば、必ず成果はついてくる。と、教えてくれる物語が定金伸治の「ユーフォリ・テクニカ 王立技術院物語」(CNOVELSファンタジア、900円)だ。

 時代は産業革命期。舞台は現実世界では英国とおぼしき架空の王国・叡理(エーレ)国。伝統はあっても衰退の傾向が見られるその国にあって、世界に遅れを取らないためには技術の育成が必須と作られた王立技術院に、東洋にある倭の国から若くして名を成したネルという科学者が、助手のユイとともにやって来た。

 業績はありながらも西洋では東洋の人々は未だ差別の対象で、従ってネルも教授ではなく講師として招聘されて、「水気」という最先端の技術の研究に従事するべく研究室を立ち上げたものの、研究生として配属を既望する学生はいなかった。そんなネルのところに1人の少女が飛び込んで来て、技官として雇ってくれと床に頭をすりつけながら嘆願を始めたからネルも驚いた。

 エルフェールという名のその少女は、女性が未だ社会的な地位を確立しておらず、あまつさえ科学や技術といった分野に女性が携わるなどもっての他と思われていた中にあって、技術者になりたいという一念で勉強し、18歳で女学院ながらも博士課程を修了した才媛だった。

 かつて学術雑誌で見て、その才能とそして容貌に惹かれていたネルが来る。ならばと技官募集に応募するべく技術院宛に履歴書を送ったものの、女性の技術者などあり得ないという理由に加え、エルフェール自身の問題もあって履歴書がネルまで回らなかったものだから怒り心頭。家を抜けだし技術院の警備員を殴り倒して、ネルの研究室まで行き直訴に及んだという次第。

 そんな真摯な態度に打たれたか、あるいは人出が足らなかったからという理由からか、ネルはエルフェールを技官に採用することを決める。思い立ったら猪突猛進、採用が決まった時には、嬉しさのあまりに柱に頭をガンガンとぶつけては、額から血をだらだらと流して喜ぶ“変人”のエルフェール。さぞや扱いも大変だったろうと思われたところを、ネルはエルフェールが持つポテンシャルを見極め、闘争心と向上心をたくみに引き出して、エルフェールが目指す「水気」を使った花火の技術の革新を手助けする。

 ネルを東洋人だからと見下し、女性の社会進出を喜ばない旧弊な意識を引きずったディール教授が率いる研究室の妨害にあいながらも、越せぬ壁などないと研究に没頭し、見事につかんだ大国・蘇格王国で行われる「水気」の技術を使った花火の大会に出場する代表の座。さらに襲い掛かる国家的な陰謀すら乗り越えて、エルフェールは、ネルは見事に大輪の華を咲かせることが出来るのか?

 困難にぶちあたっても怯まず、新しさに向かって邁進する研究者魂が描かれた物語は、とかく地味だと思われがちな理系の分野に実は延々と燃えさかっている、熱い炎のようなものを読む人に感じさ、理系への憧れを後押しする。その一方で、夜に眠る時間どころかトイレに行く時間すら惜しんで実験に没頭する、研究者の生態というものも克明に描かれていて、ここまでするならやっぱりと、理系への憧れを後退させそう。

 異国から来たネルたちが見下されたりする様や、女性研究者の地位が低く見られている状況、そんな中にあってリベラルさの看板として飾られるだけの女性研究者の姿などが描かれていて、実力だけでは渡っていけない世の理不尽さというものを、強く感じさせる。今はどうかと言えば改善はされただろうけれど、異国への、あるいは異姓への差別に似た眼差しは消えていないだけに、「ユーフォリア・テクニカ」に描かれた世界は、フィクションだと捨て置けない。

 ファンタジーでは竜であるとか怪物であるとかと闘う物語が描かれるし、伝奇では魔物や妖怪が相手となって主人公たちが能力を爆発させ、時には挫折も味わいながら壁を乗り越え谷を踏み渡り進んでいく物語が描かれる。そうした冒険の物語も読んで夢と勇気を与えられるから悪くはない。けれどもそればかりじゃない、研究の壁、差別の壁といったものと闘い、乗り越えていくストーリーにも存分に冒険の素晴らしさがあるんだと、「ユーフォリ・テクニカ」は教えてくれる。

 加えてキャラクターの造型が秀逸。まずエルフェール。何しろ“ハー・ロイヤル・ハイネス”て呼ばれる身分ながらも技術に燃え、ネルに師事したいと警備員をなぎ倒し王立技術院に侵入し、その熱意で見事に技官となって研究室に入るアクティブさが実に楽しい。テーマを与えられば風呂にも入らず、それも3日も入らないで研究に没頭して成果を出そうと頑張る姿勢には胸打たれる。

 嬉しさのあまりに床を転げ回ったり、床に頭を打ち付けたりする変態的なところもあるけれど、勝ち気で剣術や戦争に燃えて燃えまくる王女様だっていっぱい出てくるのがライトノベル・ファンタジーの世界というもの。こういう学問に燃え己の探求心に燃える王女様だっていたって不思議はない。むしろ新鮮。これもありなんだと目を開かれる。

 そんなエルフェールを1人前の研究者として扱い、難題を与えても意地悪ではなくちゃんと答えが出せるようにと差配をし、正解へと導いていく優しさを持ったネルというキャラクターにも強く惹かれる。もっともそれがエルフェールへの情愛かというとこれが微妙。新たにグリンダという秘書兼研究者を雇い入れ、また怪我をした時に病院で同室になった少女に科学の手ほどきをするなど、優しさを八方に振りまくあたりは単に性格か。

 かくして研究室にはネルを狙うライバルの参画があり、それも1人ならず2人もあったりして、ネルに憧れ研究者としてもトップを走りたいエルフェールにかかるプレッシャーは増すばかり。その上に、蘇格王国へと養子に行って皇太子となり、技術で世界の覇権を握ろうと画策する従兄の策謀もあって、自身のみならずネルまで狙われはじめた展開の中、エルフェールはどんな暴れっぷりを見せてくれるのか? 続きに期待せずにはいられない。


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