王国の子

 忠誠か親愛か。恐怖か策謀か。自分を捨てて影武者という他人に成りきる人生を選ぶ時に、人はどんな理由を自分に与えるのだろうかと、びっけの「王国の子1」(講談社、562円)を読みなが考える。

 ゼントレンという国を治める、ヘンリーという名の王の晩年から始まる物語。何人もの妻を迎えては離縁したり、処刑したりしてきた王には、長女のメアリー、長男のエドワードのほか、その間に次女のエリザベスという3人の子女がいた。

 この並びは、英国のデューダー朝にあって、英国国教会をカトリックから独立させたヘンリー8世を父にして、後に苛政を行いブラッディ・メアリーと呼ばれた娘のメアリー1世、苛ヘンリー8世の没後に王位を継ぐ息子のエドワード6世、そして英国を強国へと導くもうひとりの娘、エリザベス1世を彷彿とさせる。

 男性であるエドワードを王位の継承順1位にしつつ、女性でありながらもメアリを2位、エリザベスを3位の王位継承権者としたのも、ヘンリー8世と同様。とはいえ、物語はあくまでフィクションとして、ゼントレンという国を舞台に語られていく。

 王位継承権を持たされるということは、次の王に誰もがなる可能性があるということ。その身が脅かされれば、すなわち国家の命運にも関わるため、王位継承権者には影武者を置くことが求められ、当然にエリザベスにも影武者が準備されることになった。

 もっとも、エリザベスの臣下が領地をくまなく探したものの、見合う少女はなかなか見つからない。そんな中、通りがかって見た小劇場に、エリザベスにそっくりの少女がいた。聞くと少年が変装しているという。それでも構わないからと臣下は、ロバートという名だった少年を劇団長に話を付けて譲り受け、城へと連れて行ってエリザベスと同じ姿にさせる。

 その見ばえは、城に働く侍女も家臣も見破れないくらいのそっくりぶり。ただし、ヘンリーの影武者には、同じ境遇に置かれているからか勘が働き、ロバートが影武者を務めていることが分かってしまう。そのヘンリーの影武者から、ロバートはヘンリーが死んだ後、影武者はお役ご免となって、年金をもらいながら余生を送ることになると聞かされる。

 ロバートがエリザベスの影武者になったのは、病弱な弟の面倒を、自分に代わって王室が見てくれているという条件があったから。一方で、エリザベスたち王位継承権を持つ者たちに影武者がいる秘密を知らされ、それでも断って果たして命を奪われないかという不安もあって迷っていたロバートは、余生があることを知って安心したのか、割り切ってエリザベスの影武者を務めるようになる。

 一方、王位簒奪を目論む一族によって仕立て上げられた、エドワードの影武者のジョンは、ロバートとは違って王家に父親を殺められた怨みを晴らそうと、その機会を狙って影武者を務めている。メアリの影武者は未だ登場せず。いずれにしても、王家や王位に対する忠誠や親愛といったものとは違った、功利的で打算的な理由から、ロバートもジョンもその役を務めていたけれど、ここにひとつの真相が示される。

 影武者の本当の運命。それは、王位に就いたものだけが知らされることになっていて、ヘンリーの死後、後を継いだエドワードにも、闇の部分を担当してきた一族の男から、その真相が知らされる。これからどういう顔をしてジョンと接すれば良いのかを迷い、悩むエドワード。そんな、道具に過ぎない影武者を親身に思う彼の優しさとは反対に、当のジョンは、王位を狙う貴族の謀略に荷担し、エドワードに毒を飲ませて体を弱らせようとしている。

 実に滑稽な状況。おまけに、もしもエドワードがジョンに真相を告げれば、ジョンはさらに強く出て、自身が王となって生き延びようと毒殺を早めるという皮肉な構図。憎悪と功利の上に成り立った関係というもの残酷さを感じさせる。

 もっとも、真相をうっすらと知ってなお、ヘンリーの影武者は逃げ出すことなく、反逆することもなく、その影武者としての役目をまっとうして、王の死後に城を去り、永い眠りについた。疑われ、監視されているだろうことを知っていたからなのか。他に道がなかったからなのか。本当の忠誠心や親愛の情があったからなのか。

 もしも仮にロバートが、影武者がたどる本当の運命を知ることになったとして、ヘンリーの影武者の最後まで己を失わなかった姿を思いだし、彼が諾々と運命を受け入れた潔さに感じ入って、ロバートが打算や功利とは違った、王に殉じ王国に殉じることこそが、影武者である理由だと思い至るのか。それとも自分は自分と訴え続けるのか。興味が及ぶ。

 そこには、とても長い時間を寄り添うように過ごしたヘンリーと影武者のように、エリザベスとロバートとがどんな時間を過ごすかも、大きく関わってくるだろう。英国の歴史では、王位に就いてから10年を経ずしてエドワード6世は没し、10日ほどのレディー・ジェーンを女王として後、メアリーが女王となって5年ほど続く治世の間に、エリザベスは捕らえられ、軟禁されて雌伏する。

 そんな波瀾万丈を経て、25歳ほどで女王となったエリザベス1世をこの物語のエリザベスもなぞるとするなら、彼女の波乱に富んだ人生に寄り添い、共に同じ経験をしていくことでロバートがどう変わるのか、それとも変わらないのかを追っていくとになるだろう。そうでなくても、2人のお互いを必要不可欠な存在と見ていくような展開が、打算を超えた関係を生みだしては、ただの男女とは違ったドラマを見せてくれそうだ。

 もしもエリザベス1世をなぞるとするなら、その治世は相当の後まで及ぶ。今はまだ少女と少年として、同じような姿態を保っていられる2人が成長し、成人していく姿も描かれるのか。その場合にいったい影武者は、どれほどの労力を払ってその美を保つのか。そんな興味も尽きない。


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