ここほれONE−ONE!

 4億18万メートル対3578メートル。比較にもならないくらい大きな差がある数字だけど、人間にとってみると、実はどちらも大きな意味を持っている。

 見上げた空へと人間がたどり着いた最大のポイントが4億18万メートル。「アポロ13号」の乗組員が周回した月の裏側までの距離だという。そして見おろした地面の下へと人間がたりついた最大のポイントが3578メートル。南アフリカでダイヤモンドを掘るために人間が穿った坑道の最奥部だけど、上になぞらえれば成層圏どころか富士山の天辺にすらたどり着かない、ほんのわずかな距離でしかない。

 わかり切っったことだけど、人間は生来、空を飛ぶようにはできていない。逆に掘る方だったら、人間は大昔には地面を掘って住居を作って暮らしてきた。にも関わらずの4億18万メートル対3578メートル。たぶんこの差は、ひとつには飛べないからこそ飛びたいという人間の憧憬の結果なのだろう。くわえて掘ることが実は決してた易くないという、厳しい現実をあらわしたものなのだろう。

 上にのぞむ遥かな空は未踏なもの。重力という障害物さえ超えれば、いつかはそこへとたどり着ける。けれども見おろした地面の下は未知の世界。進めば進むほど圧力に熱、水に酸素といったハードルが増えて、行く手を遮る。未踏と未知。受ける印象は大差がないのに、いざ立ち向かうとなった時、かかるコストから得られるロマンを考えた時、人の気持ちはどうしても未踏の宇宙へと傾いてしまう。

 けれども本当に下にロマンはないのだろうか? 否、断じて否と声をあげ、冒頭の宇宙と地下の人間がたどりついた距離の差をあげつつ、なればこそ下に多くのロマンが眠っているはずだと声高に主張し、下へのロマンを喚起すべく立ち上がったのが小川一水という作家、そして下へのロマンを小説として紡ぎだしたのが「ここほれONE−ONE!」(集英社、514円)ということになる。

 祖父との2人暮らしで生活に逼迫していた少年、竹葉要平は、屋根裏で見つけた、祖先が残したという埋蔵金の場所が印された古い地図を、たったの4人ながらも高い技術力、とりわけ「鉄床石」と呼ばれる、普通の人ではどうやっても動かすことの出来ない奇妙な岩石を取り除く技術を持った「ジオテクノ」という地質調査会社に持ち込んだ。

 山水備絵とうい名のまだ若い少女が社長を務めるその会社「ジオテクノ」は、最初、要平に調査には莫大な費用がかかるから調査は難しい、代わりに過去の調査結果と照らし合わせて、それらしい可能性があったら教えてあげても良いと告げる。ところが要平が置いていった地図を見て、埋蔵金の在処らしい地図の場所を調べるうちに、備絵は地図の印が、「鉄床石」の埋まっていた場所と一致しているらしいことに気付く。

 「鉄床石」が見つかったとなると、どこにだって出向いてそれを回収することをなぜか積極的に生業にしていた「ジオテクノ」と備絵たちは、要平から費用を取るどころか、逆に調査のための金を支払うからといって、要平の希望を受け入れ祖先の残した地図をたよりに鉄床石の発掘に乗り出す。それだけでも奇妙なのに、仕事をしている途中、「ジオテクノ」からは現代の科学では理解不能な装置が次々と繰り出され、要平の友人で科学に詳しい渡拓丸を驚かせる。

 いったい彼女たちは何者なのか? 彼女たちが集める「鉄床石」とは何なのか? 実は……といった展開でとりあえずの1巻は終わりとなる。もっとも話はまだまだプロローグの段階で、1巻でも少しだけほのめかされた宇宙規模での謎解きが、2巻以降には繰り広げられることになるらしい。そこではおそらく人類と、地球と宇宙とをつなぐ壮大なビジョンが描かれることになる。期待がふくらむ。

 そうした壮大なテーマとは別に、リゾート開発に血道を上げて、世界的な文化遺産を破壊しようとする企業の我侭勝手ぶりに関する言及などもあって、郵便配達に取り組む人々の頑張りを描いた「追伸・こちら特別配達科」(朝日ソノラマ、552円)にも通じる、社会派的な観点での問題提起として、読んで身を引き締められる。

 ただやはり、瞠目すべきは「ジオテクノ」の人たちを通じて語られる、地質調査に関する描写の深さや詳しさといった部分になるだろう。どうやれば地質調査ができるのか、その費用はいったい幾らか、といった基本的な部分は読んで勉強になるし、現存するテクノロジーでは難しいものも、不思議なテクノロジーを使うことで可能になるちった描写は、現実を踏まえた上で働かせた想像力として、読んで感心させられる。

 重ねてこうした知識が、ただ知識として散りばめられているのではなく、本筋の中で必要なこととして盛り込まれていることに、小説づくりの上手さも感じる。ただのお客で部外者でしかなかった要平が、地質調査にかけてはプロ中のプロともいえる「ジオテクノ」の社員からも一目おかれるようになったエピソードは、これがなければ後の展開もなかった訳で、知識が展開に活きた好例といえるだろう。

 ともあれ開幕した新シリーズ。未踏の空への関心も織りまぜながら、未知の地下への好奇心を煽りつつ進んだ先に見えるのは、いったいどんなロマンだろうか。持てる地下への知識の開陳を堪能しつつ、展開を楽しんでいきたい。



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