我が家のお稲荷様。

 美少女の姿をした神さまと、そんな神様に慕われた少年との腐れ縁的ドタバタ日常劇。表紙を見て設定を読んだら誰だって、そう思って仕方なさそう。

 けれどもそこは「第10回電撃ゲーム小説大賞」の金賞受賞作。柴村仁の「我が家のお稲荷さま。」(電撃文庫、550円)には、読んで笑えるそうしたドタバタ日常劇の裏側に、かっちりと隅々まで考えられた伝奇的な設定と、純粋な心が放つ輝きを讃えるドラマがあって、予想を超えた深さを楽しめる。

 古くから高い霊力を持って水気を祀り盛り立ててきた三槌家。その娘が出奔して出会った男との間にもうけた高上昇と透の兄弟に、母方の実家から受け継いだ血をねらって妖怪の魔の手が伸びた。

 透の夢にあらわれ名前を聞き出し精気を吸い取ろうと画策する妖怪を、退けるためには三槌家が数百年来祀ってきた妖狐を解放しなくてはならない。とは言え妖狐、その名も空幻はその昔、ひどい悪さをしたため三槌家の司祭が七昼七晩をかけて捕らえて裏山に封印したもの。恨みを抱いてこそすれ子孫を守ってくれる保証はない。それでも他に方法はないと昇たちはそろって裏山へと出向き、空幻との体面を果たした。

 案の定「とにかく俺は、三槌の人間を助ける気なんぞさらさら無い」と言い切った空幻だったけど、狙われている透の母親が誰だったかを知って透を守ろうと前言をひるがえす。すでに他界している透の母親、美夜子と空幻との間にいったい何があったのか。その秘密が明らかになった時に浮かんでくる、純粋な人間の持つパワーに羨望を覚え、素直に真っ直ぐに生きる大切さを考えさせられる。

 性別は特に決まっていないにもかかわらず、なぜか美少女の姿に変じて透につきまとった妖怪を退けた空幻は、祠には戻らず三槌家の守り神の立場も解かれて野上家へと移ってそこで、昇と透とその父親、つまりは美夜子の夫といっしょに暮らし始める。

 祠の奥で歴史の流れから切り離されて生きてきた空幻が、現代社会に現れさぞやカルチャーショックから来るドタバタを繰り広げてくれるかと思いきや、そこは年の功だけあって割にスンナリ、食も衣もテレビもアイスも受け入れてしまうから面白い。逆に現代人ながら、三槌家に長く遣えて来た忍びのような戦闘巫女のような護り女の美少女・コウの方が、現代文明とのギャップを見せて楽しませてくれる。

 長年世間と切り離されてきたお稲荷さまですら、あっという間に現代になじむくらいだから、現代でずっと生きてきた神様のなじみぶりたるや。七福神で有名な恵比寿がどこにでもいそうな青年の姿形をして、コンビニエンスストアを経営している奇妙さに笑え、そのコンビニエンスストアを繁盛させるため、天狐にちょっかいを出す恵比寿の狡猾さに、金があってナンボの現代を生き抜く神様のたくましさを見て笑える。

 最終章。半ば仇敵と化した恵比寿に譲歩してでも天狐が最愛の人のために尽くそうとする姿が、美しさとちょっぴりの切なさを放つシーンの中に描かれる。妖怪であっても何であっても素直でストレートな気持ちで接することが呼ぶ、素晴らしくもうらやましい体験に心惹かれる。親から子へと受け継がれた素直さが、世代を超えて空幻をさらに喜ばせる展開に感動を覚える。

 それやこれやで始まった奇妙な同居がこれからどこへ向かうのか。ちょっかいを出しては空幻を怒らせる恵比寿とのバトルに決着はつくのか。続きがあるのかそれともこれで完結なのかは神のみぞ知るといったところだけれど、あればその美貌と居丈高な言動で、現代に生きる男の子たちを迷わせ惑わせながらも、根底にある義侠心と真面目さで、読む人を優しい心地へと誘ってもらいたい。


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