朧月市役所妖怪課 河童コロッケ

 いつ頃からこんなに、公務員への風当たりが強くなってしまったのだろう。普通に仕事をしていたらサービス精神が足りないと誹られ、普通に給料をもらったら高すぎると妬まれ、より安い賃金でより高いサービスを求められる。

 “公僕”という言葉で表される公務員は、市民なり国民なりに奉仕するのが当たり前といった声もある。けれども公務員だって市民であり国民であって奴隷ではない。適正な範囲で仕事をしていれば、誰にはばかることもないはずなのに、それでも足りないと怒鳴られ、虐げられる。

 だからと言ってやり過ぎれば、今度は出しゃばるなといって怒られる。民業の圧迫をするなといった声も飛ぶ。だったらもう良い、決められた範囲で決められたことをかっちりやるのが安全で安心。そう考える人が増えた結果、職務や規則に杓子定規な公務員ばかりになってしまい、余計に公務員の風当たりを強くする。

 それで良いのか? 公務員はもっと夢のある仕事ではないのか? まだ若くて未来に希望を抱いている青年が、憤ってそう口にしても帰ってくるのはこんな言葉。「お前は公務員には向いていない」。これでは萎える。そして絶望して去っていくか、同じように染まって杓子定規に埋没することになる。

 いったい公務員とは何なのか。どうすればいいのか。どうなるべきなのか。そんなことを考えさせてくれるのが、「浜村渚の計算ノート」シリーズで知られる青柳碧人による新シリーズ「朧月市役所妖怪課 河童コロッケ」(角川文庫、520円)だ。

 23歳の宵原秀也は、父も母も公務員という家に生まれた。父は市役所の窓口に座り続けて何十年も市民のためにと奉仕を続けて来た。どれだけの強面が相手でもひるまず怒鳴らず、喧嘩をしないで応対し続けた彼の父親は、「地方公務員というのは、住民に率先して夢を見る仕事だ」と秀也に話していた。

 「公務員が夢を見ない自治体に、住民を幸せにすることはできない」。そんな父親の言葉から、高い理想を抱き、それを住民のために実現させるのが公務員の仕事だと感じた秀也は、自分も公務員になって市民の夢のために頑張ろうと思い、まずは制度改革で生まれたインターンに少し似た「自治体アシスタント」という資格を取得して、公務員の仕事を間近に体験しようと考えた。

 しばらくの待機を経て朧月市役所というところに採用されるた秀也は、これで希望を叶えられると喜び勇んで行った先で、そこがとんでもない場所であり、採用されたのがとんでもない部署だと知る。第二次世界大戦後、進駐してきたマッカーサーの命令によって全国の妖怪が集められて封じられたのが朧月市。住民たちは妖怪と半ば寄り添い、時に被害を受けながらも暮らしている。

 そんな異常な市のことが全国に知られていないのは、朧月市を出るとすべて忘れてしまうという術が結界にかけられていたから。だから秀也もまったく事情を知らずに朧月市へとやって来て、自分が妖怪課というところに配属され、市内で起こる妖怪が絡んだ苦情の処理をすることになったと知って驚いた。

 とはいえ帰る訳にはいかない。入った寮でいきなり部屋を幾つも幾つも作ってしまう長屋歪という妖怪にとりつかれてしまった。一緒には朧月市からは出られない。お祓いしえもらうにはしばらく滞在して神主に認めてもらわなくてはならない。だから残るしかなかった。

 何よりようやく得た仕事を捨てる訳にはいかなかった。公務員として父の教えも果たせる。だからと勇んでみたものの、周囲はどちらかといえば文字通りの公務員気質の人ばかり。領分を超える仕事は嫌がり、上の命令には絶対で、周辺との軋轢も避けたがる。それで良いのかと問う秀也に返ってきたのが「お前、公務員、向いてねえな」という先輩の声だった。

 自分が信じていた公務員という仕事を、実際の公務員の仕事とはそんなに違うものなのか? 秀也に投げかけられた問いかけが、そのままこの社会における公務員のあり方を考えさせるきっかけをもたらす。

 たとえ杓子定規であっても、それが市民のためと思い採られたものだったら、これほどまでに公務員への批判も起こらなかっただろう。あるいは規定を外れても、市民の効率を考えて採られた施策だったら、違反だといった批判も招かなかっただろう。きっかけは市民のためだったとしても、だんだんと自分たちの効率のためにすり替わっていってしまったことが、公務員は何もしてくれないという市民の批判へとつながった。

 物語では、そんな公務員への不満が、朧月市にとって大きな転機となる事態を引き起こす。いったいどうなる朧月市。それはこれから発売されていくシリーズの続きを読んで確認するしかない。そこでは、いわゆる民営化がもたらす課題も語らることになりれそうだ。

 公務員制度という社会的な問題と平行して、さまざまな妖怪が引き起こす事件に挑むという伝奇的であり、ミステリー的な要素もあるのがこの「朧月市役所妖怪課」。サブタイトルにもなっている河童によく似た河狒狒という妖怪が、なぜか川もないのに現れ人を襲った事件の真相は? もぎ取り皮をむくと大声で叫ぶ果実がなる人面橘をめぐって起こった事件の犯人は? そして封印などはできても退治してはいけない妖怪が、次々と退治されている事件を引き起こしている者たちの目的は?

 それぞれの事件に理由があって、推理から真相へと迫り明らかにされる経過になるほどと驚ける。妖怪課にいる公務員たちが、妖怪に近い異能をふるって職務を遂行していく異能バトル的な楽しみもある。人間と妖怪の共生は可能かといった、木村航の「ぺとぺとさん」やヤスダスズヒト「夜桜四重奏」でも描かれているテーマの探求もあってと、いろいろな角度から深読みしていける新シリーズ。その登場をまずは喜び、順調に刊行されていくことを願いたい。


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