マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年

 「宝石商リチャードの謎鑑定」シリーズが第6巻の「転生のタンザナイト」で一段落したこともあって、リミッターを外してSFを書くことを編集に許されたのだろうか。辻村七子による「マグナ・キヴィヌス 人形博士と機械少年」(集英社オレンジ文庫、590円)を手に取った誰もが、きっとそんな期待を抱くだろう。

 何しろデビュー作となった「螺旋時空のラビリンス」ではループものに工夫を乗せて時間の牢獄を突破し、過酷な未来を開放するという圧巻のたSFを読ませてくれた作者。それが「機械少年」とタイトルに入った本を書き、帯に「魂は機械仕掛けの体にも宿るのか?」と紹介された作品を書いて来た。SFであるのは当然として、とてつもなく圧倒的なSFであると思うのも当然だ。

 そして読み終えた「マグナ・キヴィヌス 人形博士と機械少年」は、紛うことなきSFであった。人間という存在に対する認識を強く揺さぶられるような。

 1億6000万人もの人口を収容する人工都市「キヴィタス」で、若くしてアンドロイドの調律を手掛ける仕事に就いたエルガー・オルトンは、仕事の終わった後に街でアンドロイドに話しかけて調律を呼びかけつつ、若いせいか、それとも別の理由からか得意ではなかった他人とのコミュニケーション力を高める努力をしていた。

 その日も街で見かけたアンドロイドに声をかけ、いつものようにすれ違いを感じて歩いていたところを、エルは登録情報がない少年のアンドロイドが豹のアンドロイドに襲われている場面に行き当たる。豹は逃げ、怪我をしたアンドロイドの少年を連れ帰って修理したエルは、少年と仲が良かったはずが凶暴化してしまった豹を回収に出向いたものの、官憲が現れ豹のアンドロイドを破壊してしまった。

 なんという残酷。けれどもそれが世間のアンドロイドに対する理解。そういう雰囲気を持ったエリートたちが暮らす大都会の上層部で、エルはワンと名乗ったアンドロイドの少年を部屋に住まわせ、2人による生活をスタートさせる。

 アンドロイドにしては傍若無人で減らず口も叩くものの、どこかに優しさも持ったワンと、真面目で堅物で仕事のこと以外は知識としては持っていても実行を伴わないエルとでは、どちらが“人間”でどちらが“ロボット”なのか分からない。そんな正反対の2人が互いに欠けているようなものを補うストーリーかと思ったら、エルという存在がどうしてそれほどまでに世間知らずなのかといった理由が明かされ、キヴィタスという都市が一筋縄ではいかない奥深さを持ち、暗さも持っていることが見えてくる。

 だからこそ感情というもの、記憶といったものに純粋でまっすぐな思いであり、あこがれをエルは抱いているのだろうか。何者かによって違法に消去されてしまったワンの記憶を探し求め、下層にあるサーカスと呼ばれる、裏ではアンドロイドの不正改造を行っている場所に出向いていく。そこで起こった危機をワンが救うといった展開から浮かぶエルとワンとの関係。それはBL? 答えはノー。なぜならエルは……。そこもひとつの驚きどころだ。

 エルが調律の仕事として受け、やって来た女性のアンドロイドをすっかり治したにもかかわらず、持ち主に破壊されてしまった一件から、人情を持った人間らしいアンドロイドのワンとはまるで違う、人でなしとしか思えない人間が現れアンドロイドを虐待し続けている状況が明らかにされる。

 違法とはいえないけれど、決して正常とも言えない中、ワンの過去が露見し連れ去られた先で、エルはワンとの日々を振り返りながら自分について考えるようになり、そしてとある行動に出てる。その結果としてエルの正体が明らかにされ、なおかつギヴィタスの表と裏を貫く意志めいたものが見えてくる。その意志によって補足されたエルとワンが、キヴィタスという街でどのような事件に遭遇し、どう対処していくかが今は気になるし、可能なら続きとして描かれて欲しい。

 登場するアンドロイドとサイボーグとクローン、そして人間といったとてもよく似ていながらそれぞれに違っている存在たちの言動から、“人間らしさ”とはいったい何かについて思索したくなる物語。アンドロイドや人造人間が人間より人間らしい転倒した状況が、人間であるにも関わらず人間をどんどんと外れていく無様さを強く浮かび上がらせる。もはや自分が人間であるというより、アンドロイドでありかサイボーグでありクローンであると言った方が正義とすら思える状況で、“人間らしさ”という言葉にこめられた意味だけを抽出し、あらゆる存在に普遍とする方法を、遠からず探る必要があるのかもしれない。

 付け加えるならば「マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年」には「機動警察パトレイバー」の特車二課を率いる後藤隊長にも並ぶ昼行灯の名手が登場する。その勇姿にも注目したいし、続編があったならここぞとう場所での逆昼行灯ぶりを見て見たい。


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