ニュートン
乳豚ロック

 「エコプロダクツ2009」という、環境関連の素材やグッズやサービスを集めたイベントがあって、そこに出品されていたのが四万十ドラマという会社が作っている新聞紙を使ったエコバッグ。1枚ではペラペラな新聞が見を巧みに追って張り合わせて強度を上げて、ペットボトルを中に入れも崩れず、破れないような構造に仕立て上げている。

 担当者によれば、最近ではこれを海外から輸入して売っているブランドもあるとのこと。ロンドンあたりのファッションショップに並べたところ、これはキッチュだジャポニズムだと感嘆して買っていく現地の人が、大勢いたというから驚きだ。

 日本人の感覚だと、英字新聞を使ったバッグの方が絶対格好良さそうだけれど、アルファベットを普段から使っている人たちにすれば、それはそのまま日本人が日本の新聞で作られたバッグを見るのと同じ感覚を味わうこと。外国の人にとっては漢字の方がむしろスタイリッシュでエキゾチックに映るのだ。

 だから「安東尼奥」と漢字のタトゥーを入れたサッカー選手が出てくるし、森田一哉の「乳豚ロック」(小学館、1100円)という、外国で日本語Tシャツを作って売って成功したものの、現地のやり手にパクられて売れなくなってやれやれと思う40男を主人公にした小説も成立するのだ。

 40歳も過ぎて自分探しだなんて人に言ったら笑われるかもしれないけれど、景気の厳しい今日この頃。40過ぎで職にあぶれて否応なしに自分を探せと迫られることも多々ありそう。

 そして、ハローワークに通って自分がどれほどからっぽだったかを思い知らされ、周りに敗残者だと蔑まれる屈辱に、身をよじらせる羽目となる。それはさすがに勘弁と、誰も知らない海外へと雄飛したところで、何が変わるという訳でもないことは、何とはなしに見えている。

 日本にいたって海外にいたって同じ人間。変わるはずがない。「乳豚ロック」の主人公で、日本から逃げ出すようにロンドンへと留学した均ことキーンも同様で、フラットに暮らし外国語学校に通いながらも、習い覚えた掃除の仕事をこなしながら、毎日をダラダラと過ごしている。

 きれい好きのスーダン人があっけらかんとしたコロンビア人の女性が乱雑だと怒る姿を間近に見つつ、どちらに見方するでもなくヘラヘラと生きているキーン。清掃に赴いた邸宅でボヤ騒ぎを起こしてクビになっても慌てることなく、帰国もしないでTシャツに漢字を書いたものを売ってみようかと思い立つ。

 書いた言葉が「別化無」に「乳豚」。ベッカムとニュートンを漢字にしてプリントしたTシャツを並べたら、たちまちのうちに売れてしょっとした小遣い稼ぎになった。ショップからも取引を持ちかけられて早速納入。ちょっとばかり成功体験を味わったものの、すぐに真似する奴らが現れ仕事を奪われ一攫千金の夢は露と消える。

 だからといって怒り憤ることもしないで、ダラダラと生きていくキーンの姿を、40男の達観と見ることは可能かもしれない。けれども、そこでずっと足踏みし続けているだけとも言えないこともない。生きていられれば幸せか。それとも成功したいのか。自分探しに迫られた40代には、いろいろと考えることが多そうなストーリーだ。

 それにしても「乳豚」と書いてニュートンと読ませ、デカいおっぱいという意味もあると訴えたのはなかなかのセンス。漢字としてのインパクトもあり、ちゃんと意味もあって元ネタの万有引力発見者とのギャップも大きく面白い。

 一方でディアナが「出穴」というのは漢字の見た目もいまひとつなら、意味するものと対象とのマッチングもいまひとつ。それを刺青にしてしまったディアナに少しばかり同情したくなる。どうせだったら「泥孔」と方が画数も多いし深遠そう。それを言うなら「別化無」も「蔑火武」の方が勇ましそう。いくら漢字なら何でも良いと言ったって、漢字を分かる人が見る可能性も考慮するのがセンスというものだ。

 自分探しにロンドンに行くなら、小銭稼ぎのために開く漢字Tシャツ屋のために漢和辞典を持っていこう。


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